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【福澤諭吉をめぐる人々】
ジョン万次郎

2026/03/12

  • 佐々木 貴久(ささき たかひさ)

    慶應義塾高等学校教諭

中浜万次郎(通称、ジョン万次郎:1827―1898)は、同時代を生き抜いた福澤諭吉と深くかかわり、大きな影響を与えた人物である。

万次郎のアメリカ生活

土佐の漁師だった万次郎は、1841年、14歳の時に漂流した。この時、船に乗り組んでいたのは万次郎を含めて5人で、彼が最年少だった。鳥島に上陸し、5カ月ほどの無人島生活を送ったあと、6月下旬、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号(John Howland マサチューセッツ州ニューベッドフォード船籍)に救われる。同号の乗組員ライマン・ホームズの航海日誌によれば、"they talked nothing we could understand only by signs"「(万次郎たちは)何もしゃべらない。お互いに、身振りと手振りでしか、相手の言うことが理解できない」とのことだ(『ライマン・ホームズの航海日誌』慶應義塾大学出版会)。救助されてから1年10カ月あまり、同号の捕鯨航海に同行し、アメリカ船での生活がはじまった。漂流した5人のうち、万次郎以外の4人はホノルルで降りたが、ウィリアム・ウィットフィールド船長は万次郎をアメリカで教育したいと思い、万次郎1人を本土まで連れて行った。

ホーン岬を経由し、1843年5月上旬にニューベッドフォードに到着して以来、万次郎はフェアヘイヴンで3年ほどの生活を送り、学校教育も受けた。バートレット・アカデミーでは英語のみならず、数学・航海術・測量術・捕鯨なども学んだ。また、万次郎は肌の色で教会に受け入れてもらえないなど、差別も経験したが、ウィットフィールド船長は彼を受け入れてくれる教会を探し、ユニテリアン教会に辿り着いた。

1846年5月以降の3年4カ月はフランクリン号での捕鯨航海の期間となる。この間、日本の鎖国政策への批判に接する機会があった万次郎は 「捕鯨船のために(琉球あたりに)港を開きたい」というメッセージをウィットフィールド宛に送っている。同号での経験で航海技術が上達したことに加え、同号船長の様子がおかしくなって以後、万次郎は副船長に昇格した。

ニューベッドフォードに帰港した1849年はゴールドラッシュの時代であった。フェアヘイヴンをあとにし、船でサンフランシスコに行った万次郎は、3カ月ほどのカリフォルニア滞在で600ドルほど稼ぎ、帰国費用の準備ができた。英語辞書、歴史書、航海術書、ジョージ・ワシントン伝などを携えて、サンフランシスコから琉球へと到着したのは1851年2月だった(その後、各所で長らく取り調べを受け、故郷・中ノ浜にいる母との再会を果たしたのは1852年11月のことだった)。同年11月にはハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』(Moby-Dick)が出版されている。

ジョン・ハウランド号に救助された直後は、身振り・手振りでしか意思を伝えることはできなかった万次郎が、「米国留学」を経て10年ぶりに日本に帰って来たのである。10年間のうち学校教育を受けるなどしながらアメリカ大陸で過ごした合計3年5カ月は、万次郎の留学の一部に過ぎない。

ジョン・ハウランド号、フランクリン号などアメリカの捕鯨船の上で他の乗組員と過ごした時間のほうが、陸にいた時間よりも長いのだ。捕鯨船での生活も「米国留学」だったのである。『白鯨』の "a whale-ship was my Yale College and my Harvard."「捕鯨船は私のイェール大学であり、ハーヴァード大学であった」(第24章)という言葉が万次郎にも当てはまる。

帰国後

マシュー・ペリーが開国を求め1853年に1度目の来航を果たして一旦去った直後、老中阿部正弘は、万次郎を江戸に呼び出した。アメリカ事情に精通している万次郎から、ペリー来航の意図等を聞くためだった。万次郎は阿部に「薩摩南島か琉球あたりに捕鯨船が憩うことができる港を開いてほしい」というのがアメリカの希望だと語る。

翌年の1854年にペリーが再来航したとき、万次郎が通訳として活躍したかどうかには諸説ある。万次郎はアメリカに命を助けられているので、アメリカ寄りの通訳をするのではないかという懸念があり、通訳には起用されなかったという説がある。その一方で、ウィリアム・グリフィスの『ペリー提督伝』によれば、"[Manjiro] sat in an adjoining room, unseen but active, as the American interpreter for the Japanese."「隣の部屋にいて、見えないが通訳として活躍した」とする説もある。いずれにせよ、万次郎が日本開国に大きな役割を果たしたという人は多い。

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