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【福澤諭吉をめぐる人々】
荘田平五郎

2018/05/01

慶應義塾福澤研究センター蔵
  • 白井 敦子(しらい あつこ)

    慶應義塾横浜初等部教諭
明治時代を代表する実業家といわれる荘田平五郎(しょうだへいごろう)は、三菱の「大番頭」と呼ばれ、日本の四大財閥のひとつである三菱財閥の基礎を築き、創業者の岩崎彌太郎はじめ岩崎家3代に仕えた。また、荘田は慶應義塾に学び、慶應義塾で教え、福澤からの期待を大きく受け、その期待に応えた人物でもある。

慶應義塾から三菱へ

荘田は弘化4(1847)年に、豊後の臼杵藩(現在の大分県臼杵市)に儒者荘田雅太郎・節子の長男として生まれた。父は儒学者であったが、この頃、漢学よりも洋学を学ぶことを奨励する動きがあり、諸藩では、子弟を長崎や大阪の洋学塾で勉強させるようになっていた。荘田は、藩校での成績が抜群に優秀であり、慶應3(1867)年、19歳のときに藩留学生として選抜されて、江戸の英学塾の青地信敬塾に入門した。その後、一時は薩摩藩の開成所に転じたが、明治3(1870)年、23歳で再び上京して慶應義塾に入塾し、福澤諭吉の元で学ぶこととなった。

荘田は、義塾においても入塾直後より、周りから抜きんでた識見と才能を示し、その実力を福澤も早々に認めていた。翌明治4年3月には慶應義塾の教員となり、5〜6年頃には塾長も務めた。また、義塾の分校である大阪慶應義塾、京都慶應義塾の設立にあたっては、関西に派遣されて、設立に尽力した。

荘田はこのように、学問の道にとどまらず実務的なことにもセンスを発揮した。その姿に福澤は、「学問をやらしても、算盤(そろばん)を弾(はじ)かしても、両(ふたつ)ながら出来る」「両刀使いの名人」と評していたという。人から実業界入りをすすめられるようにもなっていた。

明治8年、荘田は、岩崎彌太郎の従弟にあたり慶應義塾の卒業生でもあった豊川良平の誘いで、三菱に入社した。

福澤門下生として

そもそも、福澤は、官尊民卑の打破の為にも、新しい社会を創り出すためにも、義塾で学んだ有為な人材が官界よりも実業の世界で活躍することを願っていた。荘田の場合は、併せて、本人自身が自分の才能を実業界で試したい気持ちが強かったようである。

さて、三菱に入社した荘田の最初の大仕事は、明治8年に発表された「三菱汽船会社規則」の策定だった。これは、三菱が政府の海運助成を受けるために整えた会社規則である。岩崎彌太郎の哲学が盛り込まれた荘田苦心の作と言われている。当時は、渋沢栄一が株式会社の概念を導入し、資本を幅広く集めることや多くの人が知恵を出し合うことで事業が発展することを主張していたのに対し、三菱は、岩崎家の当主が自らの個性で組織をリードする会社であった。それは同時に、会社が利益を出しても、万が一損失を出したとしても、すべて社長の身に帰する、という考えにつながる。その特徴を会社規則に盛り込んだのが荘田だったのである。荘田は、理想と現実の整合に工夫を凝らす人でもあったと言われるが、その姿が良く出ている。

また、この会社規則の策定からさらに2年後には、経理に関する規程ともなる「郵便汽船三菱会社簿記法」をまとめた。これにより三菱は、福澤が明治6年に『帳合之法(ちょうあいのほう)』で提唱した複式簿記を採用することになり、その後近代的な経営システムを確立していく。

荘田は、明治13年には、社長に次ぐ役職の管事になる。そして本体の海運から、関連する領域へ事業の多角化をはかった。たとえば、東京海上保険、明治生命保険、東京倉庫の設立にも関わり、旧臼杵藩士らによって作られた百十九国立銀行を傘下に入れた。

丸の内オフィス街の建設

明治22年、荘田はイギリスを訪問した。その目的は造船業界などの実情視察のためである。

船での長旅の末イギリスに到着し、ロンドンに滞在していた荘田は、ある日日本から届いた新聞をホテルの部屋で読んでいた。この新聞のコラム欄で、ある記事を目にする。その記事には、日本政府が陸軍の近代的兵舎建設のために丸の内にある練兵場を売りに出したが誰も買い手がつかない、ということが書かれていた。荘田は、ロンドンの町並み、特に金融街シティの景観に感銘を受け、西洋式のオフィスストリートなるものを日本でも建設することが急務であると考えていたが、この記事を読んで、この丸の内こそ、日本のオフィス街としてまさにふさわしいのではないか、と閃く。

荘田は早速、日本にいる岩崎彌之助宛てに、丸の内を直ちに買い取るべきであるとの電報を打ったのである。彌之助はこれを受け、明治23年に丸の内の土地を買い取った。そして、この地には、レンガ造りのビルディングが建ち並ぶオフィス街となり、「一丁倫敦」と呼ばれるに至った。この一角だけはあたかもロンドンのようだという訳である。

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