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【福澤諭吉をめぐる人々】
木暮武太夫

2016/07/04

  • 末木 孝典(すえき たかのり)

    慶應義塾高等学校教諭、福澤研究センター所員

今年7月の参議院議員選挙から選挙権が18歳・19歳にも拡大し、およそ240万人が新たに有権者に加わることになる。それを期に高校段階での主権者教育が脚光を浴び、様々な試みが始まっている。

今回は、日本初の国政選挙である明治23年の第1回衆議院議員選挙に最年少の30歳で当選した木暮武太夫(こぐれぶだゆう)を取り上げる。一般には知られていない木暮の生涯を紹介しながら、木暮がなぜ選挙に出て議員を目指したのか、そこに福澤はどのように関わったのか、議員として何をしたのかなどについて明らかにしたい。

その生涯

木暮は万延元(1860)年2月4日、現在の群馬県伊香保に父・武録、母・多久子の間に生まれた。木暮家は元禄年間から代々武太夫を襲名する「大屋」と呼ばれる地元の名士であり、温泉宿、質屋、金貸し業を手広く営んでいた。木暮は幼名を篤、旧名を秀一といい、襲名前は篤または篤太郎と名乗り、隠棲後は秀家と名乗った。漢学や英学を修め、中学本部烏川学校、熊谷県暢発学校、築地立教学校を経て、明治11年3月4日、18歳で慶應義塾に入る。石河幹明らと共に福澤宅の離れに住み込みながら学んでいた。学業勤惰表によれば、11年9月から12月に大人科一番と記載されている。大人科とは本科に進む前の予備科である。

その後、13年に伊香保に戻り家業を継ぎ、武太夫(24代)を襲名した。木暮の宿は新島襄や西園寺公望など各界の著名人が宿泊する有名な宿であり、新聞広告でも積極的に宣伝していた。伊香保温泉の衛生、施設の改善に改良取締所(後に伊香保鉱泉取締所)頭取として取り組み伊香保を東京の代表的避暑地として定着させた。

また、自由民権運動に関心をもち廃娼運動に率先して取り組むなど県内の政治運動に関わったり、交詢社社員として名を連ねたりした。伊香保町会議員を長く務め、18年、群馬県会議員に当選。帝国議会開設後は、衆議院議員に通算7回当選した。20年に堤清(きよ)と結婚した際、男女平等をうたった誓約書を交わしたことで話題を集めた。30年、群馬県農工銀行の創立に関わり取締役を務め、42年、伊香保電気軌道株式会社社長に就任するなど、群馬、伊香保の発展に尽力した。大正13年に政界を引退した後、15(1926)年3月24日、66歳で死去した。

福澤の薫陶

木暮は慶應義塾に入塾後しばらくして、福澤に身の立て方を相談した。家業である温泉宿を継ぎたくない、役人になって威張りたいという木暮に対して、福澤は「学問を一通り済ましたら早速郷里へ帰つて父祖の業を盛にしなさい。それでもし余力があれば地所を買ふのだ」、「役人何者ぞ。パブリツク・サーバントに過ぎないじゃないか。……そんなに威張りたければ一つよいことを教えて上げよう。近い中にパーリアメントといふものが出来るから、それまで辛棒(ママ)してゐて、出来たら其メンバーになりなさい。そうすれば国民の代表だ」と諭した(『福澤諭吉伝』4巻、728─729頁)。

木暮は福澤の勧め通り郷里に帰ると家業を継ぎ、最年少で第1回総選挙に当選し、衆議院議員になったのである。その後も木暮は同窓会などで福澤と会っていたが、あるときに「もういい加減にやめたがよかろう。議員などしてゐたつて詰らんから、家へ帰つて温泉業を盛んにやつた方がいいだらう」と再び諭された(同前)。これを明治30年頃の話と推定すると国会議員をやめる41年までに約十年の月日がかかった。

福澤は早くから国会開設を望み、英国型議会政治を構想していたが、明治14年の政変で大隈とともに義塾出身官僚が下野して以降、政治に対して直接関わろうとせず、自らが議員になることも避けていた。第1回総選挙に際しても「田舎議員」が上京してくる様子を冷ややかに見ていたし、27年には「田舎議員」を漢詩にして「売飛累代田畑去 貰得一年八百円」(『福澤諭吉書簡集』7巻、296頁)。と皮肉った(下の写真参照)。31年になっても、衆議院議員で「満足なる教育を経てコンモンセンスある者ハ、三百中多くも五、六十ニ過きず」(同前、9巻、19頁)とみていた。福澤にとって議員になるべき人物は実業界に基盤を置き教養と資産を合わせもった名望家であった。その代表例が群馬の木暮であり、静岡の伊東要蔵であった。この2人に対しては積極的に選挙に出て議員になることを勧めている。

なお、福澤は箱根には家族旅行などで赴いたが、行きたいと言っていた伊香保に足を運ぶことはなかった。ただし、姉の中上川婉(えん)が療養のため29年夏に1ヶ月程伊香保に滞在しており、木暮の宿に泊まったと思われる。

福澤諭吉「詠田舎議員」書幅(福澤研究センター蔵)
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