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翁 百合:政府税制調査会会長へ就任

2024/05/13

  • 翁 百合(おきな ゆり)

    政府税制調査会会長、日本総合研究所理事長
    塾員(1982経、84経管研修)。日本銀行を経て日本総合研究所勤務。2018年同理事長。2024年1月政府税制調査会会長に就任。慶應義塾評議員。

  • インタビュアー寺井 公子(てらい きみこ)

    慶應義塾大学経済学部教授

長期的な視点で税を考える

──政府税制調査会会長へのご就任、おめでとうございます。まず、就任された感想をお伺いしたいと思います。

 有り難うございます。税の問題というのは人々の生活に非常に密接に関わる大変重要な問題ですし、それを政府の中で議論する会議というのは極めて大事な場だと思っています。ですから、その取りまとめをしていく会長職は大変重責で、身の引き締まる思いでおります。

──税制調査会というのは与党の中にもあるわけですが、政府税制調査会は、より長期的視点であるべき税の姿を考えるという役割ですね。

 おっしゃる通り、与党税調が基本的に年度ごとの税制改正をどうするかを決めていく一方で、政府税調は中長期の税制のあり方を検討していくという役割分担になっています。長期というのは難しいのですが、例えば人口推計などで日本の将来の姿を見ながら議論することも必要です。現在世代の税とともに、次世代の子どもたち世代の社会を考えていくことは、大変重要な視点だと思っています。

今回、メンバーには女性が4割入っていて多様性に富み、それぞれが素晴らしい専門家の方たちです。学者、医療にかかわる方、企業経営の方など、様々な専門の方々がいらっしゃるので、そういった方々の知見で、ぜひ議論を充実させて、長期の税のあり方を考えていきたいと思っています。

──税というのは国民にとって非常に身近で、しかも負担が身に沁みるものです。時には、増税を言わなければならないこともあるかと思います。

 誰しも税という負担は増えてほしくないですよね。だからすごく難しい議論になります。政治的にも難しい分野だと思っています。一方で私たちの税が公正に社会のために使われているのか、税の負担は公正なのか、ということには関心がある方は多いと思うのです。

そういったことも含めて、私はエコノミストですので、EBPM(Evidence Based Policy Making) を取り入れて、データをしっかり捉えて考えていきたいと思います。

──働き方の多様化にやはり税制が追いついていない部分があるということですか。

 今、フリーランスや副業の増加など働き方が大変多様化しています。この結果、従来の税制では公正でない部分がいろいろと出てきていると思うので、そこの点検から始めなければいけないのではないか、と思っています。

去年の税調の答申には「公正で活力ある社会」を目指すと書いてあるのですね。私はやはり活力のある社会というのはとても大事だと思います。

今、日本経済もようやく30年の停滞の潮目が変わり良くなってきていますし、そこで効果的に果たせる税の役割もあると思っています。どういうインセンティブが活力に結びつくのか。租税特別措置が法人税などにはありますが、本当にそれが効果的にできているのかなどの検証も含めて、議論していくことが大事ではないかと思います。

発信についても、毎回の税調の議論は全部公開されています。加えて、私自身が毎回、税制調査会の後に、記者会見することになっています。そういう機会も生かして、できるだけわかりやすく発信できればと思っています。

ふさわしい人がリーダーに選ばれる時代

──また、今回女性初の政府税制調査会長ということでも話題になっています。でも、私は結果として適任の方が女性だったということだと思っているんです。女性初ということは、ご自身ではどのように受け止めていらっしゃいますか。

 私は若い頃、金融システムを専門に研究をしていましたので、政府の委員でも以前は女性1人ということは多かったのですが、女性を意識することもあまりなかったです。

ただ、私は日本総研という会社の勤め人でもある一方で、家庭生活において買い物に行ったり、子育てにはお金も時間もかかることを実際に体験してきたので、今、こうして税について議論する時に、それが少しは役に立つかなという感じはあります。

──なるほど。やはりふさわしい人が性別にかかわらず選ばれていく社会にだんだんなっていっているのかなと今回の人事で思いました。

 ふさわしいように頑張らないといけませんね(笑)。先日、慶應の後輩の工藤禎子さんが三井住友銀行の副頭取になられたり、弁護士協会の会長も女性になり、世の中がだんだん変わってきているなという嬉しさはありますね。

エコノミストとしての軌跡

──翁さんは、最初は日本銀行に就職されたわけですが、日銀を選ばれた理由は何でしょうか。

 その頃は男女雇用機会均等法施行の直前で、女性が思い切り働けるような職場はあまりなかったのです。そんな職場を探す中で、日本銀行で話を聞いたら非常に仕事が面白そうで、魅力的だなと思ったのです。最初に会った方は人事局の本家正隆さんという慶應ご出身の方でした。今もお付き合いがありますが、何度か面接に行くたびに日銀の仕事について詳しく語ってくださいました。

マクロの経済を見られることも大きな魅力でした。私は塾経済学部では大山道広先生のゼミで国際金融などを勉強しており、広く経済を見られるような職場が良いと思っていたので日銀に決めました。

──男女雇用機会均等法の前ということですが、女性だから大変というようなことはありましたか。

 「結婚したら、どうするの?」と真顔で聞かれました(笑)。「勤め続けるに決まっているのに」と思っているのに、「えっ。結婚しても続けるの?」って。総合職の枠で入ってもそういう感じでした。

当時、大卒総合職の女性を採り始めて、3年目ぐらいだったのですね。京都支店にも勤務したのですが、そこでも「珍しいですね」と言われてラジオに出たり。まだ当時は本当に珍しい感じで受け止められていました。

日本銀行はとても勉強になり楽しかったです。金融機関の毎日の資金繰りをモニターしたり、ヒアリングをしたり、営業局ではマーケットのオペレーションの真ん中で、日々のマーケットを見たり、調査統計局で欧米経済や金融システムを調査したり。それから金融研究所では海外の学者の方も来られていて、今も交流は続いています。

──そうなのですね。その後は日本総研に移られますが、そこでまた、新たに違う道が開けたのでしょうか。

 日本銀行は「調査月報」に自分の書いた論文やレポートが出る場合、クレジットは日本銀行なのですが、それが日本総研では、レポートを自分の名前「翁百合」で出していかなければなりません。

当時は不良債権問題が大変な時期で、金融機関の破綻処理方法も、預金保険機構などセーフティーネットもしっかりしていないことが大きな課題であるというレポートを書きました。アメリカを担当していたので、アメリカの経験やこの分野の研究も紹介していったのです。

そうすると、新聞に取り上げていただいたり、レポートをまとめて書籍にして出したり、自分の責任が重くなり、個人で分析して発信することの重大さに目覚めました。民間のシンクタンクなので、自由な立場で問題意識を持って客観的に分析し、研究を政策提言につなげることにしっかり取り組んでいこう、と意識が変わっていきました。

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