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【From Keio Museums】メラネシアの造形物から「モノたちのバイオグラフィ」に考えを巡らせる
2026/03/09
深紅を基調とする体躯や剥き出しの歯列から伸びる舌、肉感的な乳房、露出する肋骨、張り出した下腹。初めて目にした者を驚嘆させるであろう「珍奇」な彫像が、慶應義塾に収蔵されている。形態的特徴からビスマルク群島ニューアイルランド地域の葬送儀礼マランガン(malangan)にまつわる造形物であるとみて間違いない。マランガン儀礼では、専門の彫刻師によって、彫像や仮面などの実に様々な造形物が制作される。特に彫像は儀礼の場に展示され、参列者に披露される。儀礼後、造形物は廃棄され、その多くが火にくべられるか、森や洞窟に朽ちるがままにされる。
いったいなぜ、どのような履歴(バイオグラフィ)を辿り、このマランガン彫像がいま、慶應義塾にあるのだろうか。
この彫像は、20世紀初頭にメラネシア各地で活躍した貿易商・小嶺磯吉によって収集された。小嶺が生涯に収集したメラネシアの造形物は数千点にも及ぶ。当時は入植者による造形物の収集活動が過熱化しており、中には高値で取引される造形物もあった。マランガン彫像はそうした造形物の1つであった。小嶺の死後、この彫像は彼の1000点余りの収集品とともに、南洋興発社長の松江春次の手に渡った。その後、縁あって慶應義塾教員の松本信廣らに小嶺の収集品の整理が委託され、『ニューギニア土俗品図集』(上巻1937年、下巻1940年)にまとめられた。戦後まもなく、マランガン彫像を含めたこれらの造形物の管理が慶應義塾に引き継がれた。
慶應義塾においても、マランガン彫像は自身のバイオグラフィを更新してきた。時には芸術性が見出され、多種多様なモノたちとともに、美術展に並ぶこともあった。近年においても、民族学考古学研究室が企画した展覧会などを通じて、異なる地域や時代のモノたちとの出合いを重ねている。
いま、ここにあるモノたちは、制作、使用、収集、展示、管理などのさまざまな現場において、さまざまな人物やモノたちと関わり、自身のバイオグラフィを紡いできた。展覧会「モノたちの眼──メラネシア造形物と密やかなバイオグラフィ」(2026年3月9日~5月15日、慶應義塾ミュージアム・コモンズ)に足をお運びいただき、モノたちが紡いできた関係性/バイオグラフィに考えを巡らせていただければ幸いである。
(慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート共同研究員 臺 浩亮(だい こうすけ))
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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