【その他】
【社中交歓】福
2026/02/19
幸福のかさぶた
フランスの映画監督で忘れがたいひとりを選ぶとしたら、アニエス・ヴァルダをおいてはいない。話をうかがったのは三度だったか。彼女の話の中味以上に物腰が印象に残っている。歯に衣着せぬ物言いはもちろんのこと、その行動規範をこそ見ならうべし……と。
その彼女の作品に『幸福(しあわせ)』(1965年)がある。しあわせを絵に描いたような一家のたたずまい。そのさなか、夫に愛人ができる。愛人の存在を受け入れる妻、がしかし、突然の結末に不意を打たれる……。
「私もまた見る側なのです」──これはアニエス・ヴァルダがある映画に残した言葉だ。男性原理にしたがう世界に対して、昂然と言い放たれた言葉。見る側が変われば、世界は違って見えるはずだ。だが、同時に、どう見るかも彼女は問いかける。『幸福』の劇中、あるところでほんの一瞬、映像がくり返される。機械的なエラーのようにも見えるその一瞬はしかし、痂皮(かひ)となって残りつづける。それを見る人、感じとる人を求めつづけるかのように──。
多くの人に福を広める
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佐々木 孝富(ささき たかとみ)
オタフクソース株式会社代表取締役社長・1992商
「幸せを売れたらええねえ」──創業者と妻はモノを売るだけでなく、モノを通じてコトにより人々が幸せになることを願い、1922年に広島市横川町で醤油類の卸と酒の小売を行う「佐々木商店」を創業。1938年には醸造酢をつくりはじめ、ブランド名を「お多福酢」と名付けた。ひらめきから、心の美しさを表す笑顔に思いを込める。
1945年、原爆投下により工場は全焼。翌年には酢の醸造を再開し、お好みソースは1952年に誕生する。当時お好み焼にはウスターソースを使っており、お好み焼店の店主から「ソースが流れ落ちて困る」「辛すぎる」という声を受け、とろみのあるお好み焼に合うソースを開発。お客様に幸福をもたらすことは何かを考え行動する姿勢は今も変わらない。
1952年にお多福造酢㈱を設立。その後、ソースの方が人気となり1975年にオタフクソース㈱に社名を変更。現在、国内外に生産拠点を7カ所構えるOtafukuグループの中核として、食卓を囲む小さな幸せを、世界中に届ける使命を胸に歩み続ける。
「節分」に於ける「福」について
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西部 法照(にしぶ ほうしょう)
八事山興正寺住職・2015文通
「節分祭」「豆まき」などの行事は、全国の寺社などでも盛大に行われています。私が住職を務める名古屋の興正寺でも「節分厄除祈祷会」を行っています。
さてそこで、節分とは何ぞやということになると少しややこしくなるのです。暦上の用語かと思いきや実はそうでもないようで、暦で見ると立春の前日とあります。つまり節分は立春に基づいている言葉であって暦上の用語ではなさそうです。
『日本霊異記(にほんりょういき)』に閻魔大王の命によりこの世に出向いた使いの鬼が、節分の日に訪れた宅の玄関で柊に吊るした団子の饗応を享けた。恐縮した鬼はこの家の主人をあの世へ連れ去るには忍びず礼を言って立ち去ったが、鬼は隣村の同名人を閻魔様のもとに連れ去ったとか、霊異記の説話は続きます。
「節分」は新暦になって立春の前日を当てて用いられるようになったと考えられますが、とまれ節分がこれほどまでに日本中で持てはやされるようになったのは各地の寺社の努力の賜物でしょうか。節分には是非各地の寺社に御参詣あれ。
現代に続く「徐福伝説」
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平井 徹(ひらい とおる)
慶應義塾大学非常勤講師・1997文修、2001文博
今から約2200年前、縄文から弥生への過渡期に、秦の始皇帝の命によって日本に渡来したという徐福(徐巿(じょふつ)とも表記する)の伝説は、邪馬台国とともに、古来、多くの人々の想像力をかき立ててきた。
徐福の出身地である斉(せい)の地(山東半島の一帯)は海に面していて、当時、神仙術(しんせんじゅつ)を身につけた方士の巣窟だった。不老不死が悲願だった始皇にとって、初めて目にした海は、死をイメージさせる恐ろしい光景だったに違いない。そこへ折よく登場した徐福は、蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)の三神山を探して霊薬を得ると言い残して出航し、彼方に消え、戻らなかった。
徐福東渡の伝承は、青森から鹿児島まで広汎に200カ所も分布していて、和歌山の新宮には、江戸期に建てられた墓や顕彰碑が現存する。『竹取物語』には「蓬莱の玉の枝」が出てくるし、『紫式部日記』中にも徐福の名が見える。所縁の地では町おこしの一環として、研究会や資料館を開設したほか、今世紀に入ると、徐福の名を冠した映画や飲食店、和菓子まで作られた。古代のロマンは今なお健在である。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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杉原 賢彦(すぎはら かつひこ)
映画批評家、目白大学メディア学部准教授・1987文