【その他】
【社中交歓】かるた
2026/01/29
諭吉かるた
私が住まう中津市は福澤諭吉先生が19歳までを過ごした故郷。毎年「諭吉かるた大会」を開催します。料飲三田会から譲り受けた「諭吉かるた」を使い、未来の世代が先生の偉業を知り、郷土中津を誇りに思う心を育みます。小学生たちが先生の人生が詠まれた札を楽しみながらも必死に追いかける目はいきいき、先生が見たら何というのでしょうか。
「いやはや、中津の人間がこれほどまでに慕ってくれるとは少し照れくさいのう。中津市は『学びの里なかつ推進宣言条例』という大層なものまでこさえ、冒頭に我が名があるようだ。中津の若者よ、独立自尊で己の人生を切りひらいてほしい」とでも。
先生が中津を離れる時に残した「中津留別の書」。学びの大切さを訴え、郷土愛に満ちたラブレターだと受けとめます。昨年慶應義塾で若き社中への講義の機会を得て、その際中津市民は先生へ返事を書かねばならぬと申し上げました。「諭吉かるた大会」も先生の中津愛への返書の1つかも。今日も市長室前には絵札48枚が整然と並びお客様を迎えます。
ちはやふる──めぐり──
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榊原 真由子(さかきばら まゆこ)
日本テレビ放送網株式会社ドラマプロデューサー・2018政
昨夏、ドラマ「ちはやふる──めぐり──」を制作した。大ヒット漫画『ちはやふる』(末次由紀(すえつぐゆき)/講談社)を原作とした映画「ちはやふる」の続編である。
百人一首の下の句が読まれ、試合会場は息をするのも躊躇うような一瞬の深い静寂に包まれる。そして、次の一音。上の句が響いた刹那、選手たちの手が一斉に札へと走る。「ちはやふる」はそんな競技かるたに青春を懸ける、高校生たちの物語だ。
「ちはやふる」シリーズのヒットにより、競技かるたの競技人口は爆発的に伸び、海外にまで競技かるたと百人一首の存在を広めたという。
今回のドラマのテーマは「継承」と「巡り合わせ」。約1000年前に詠まれた歌たちがこうしてまた、新たなエンターテインメントに昇華され、新たな世代に受け継がれ、さらに新たな地平へと広がっていくこと。そして、一大学生だった私が夢中で見た映画の続編ドラマをプロデューサーとして制作できたこと。想像だにしない未来を易々と作り出す、エンターテインメントの持つ強く深い力をこれからも信じて。
競技かるたの魅力
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坂倉 彩香(さかくら あやか)
慶應義塾大学病院薬剤部薬剤師・2018薬
私の所属する慶應義塾職員かるた会は昭和62年から全国職域かるた連盟に登録している団体です。現在は20代から60代の教職員11名が活動しています。三田キャンパス内和室での月2、3回の練習に加え、以前は正月にテレビ放送もされていた名人位戦を模した会内での職員名人戦の開催や職域学生大会への参加を主な活動内容としています。
今でこそ競技かるたを題材とした漫画『ちはやふる』の影響で知名度が上がりましたが、私が高校生の時に初めて競技かるたと出会った時はまだ有名ではなく、お正月にやる百人一首を使うゲーム? 程度の認識でした。大学時代は毎週日本全国どこかで開催される大会に学業の合間を縫って足を運び、開催地の観光や食を味わったことも良い思い出です。実力により級が分かれるとはいえ、小学生から還暦を迎えたベテランまで幅広い年代が同じルールで対等にできる競技はなかなかないと思います。長い年月を超えて伝わる、百人一首を用いた競技かるたの世界に少しでも興味を持っていただけますと幸いです。
カルタ会とみかん
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小久保 賢(こくぼ けん)
慶應義塾幼稚舎教諭
校庭の葉が橙色に変わる頃から、平安時代の和歌が図書室の奥から響いてくる。幼稚舎の新年カルタ会は1969年に始まり、今年度で第58回を迎える。私も在舎時代に出場して鎬を削り、今では教員として読み手を担当している。
大会では毎年、敗退した幼稚舎生から順にみかんを手渡されて下校となる。負けて落ち込んだ顔も、鮮やかで香りの良い労いの果実をもらうと、満足したような表情で皆帰っていく。出場する数10組の中には、この参加賞のみかんをもらうために参加する組もあるくらいなのだ。そして、私も敗退後に大切にみかんを持って帰った1人でもある。時代も子どもも変わったが、カルタ会でのこのみかんの特別な役割は変わらない気がしている。
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける」という一首がある。香りというものは不思議なもので、時を越えて記憶を呼び起こす。毎年、みかんの橙色の皮を剥いてその香りが漂う時、カルタ会のことを思い出す。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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奥塚 正典(おくづか まさのり)
中津市長・2016特選塾員