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【社中交歓】弓

2025/12/19

鶴岡八幡宮流鏑馬

  • 小笠原 清忠(おがさわら きよただ)

    金弓馬術礼法小笠原教場31世・1966商

鎌倉の駅を降りて段葛を歩くと祭囃子(まつりばやし)の太鼓の音が聞こえてくる。今日は鶴岡八幡宮で流鏑馬(やぶさめ)が行われる。源平池を渡ると今でも緊張感が増してくる。

1187年のこと、源頼朝の命で、当家の始祖である小笠原長清(ながきよ)が鎌倉に呼び戻され糾方(きゅうほう)師範となった。その年の8月15日、鶴岡八幡宮の放生会(ほうじょうえ)で、源氏としては初めての流鏑馬が執行された。

宮中儀式として華美柔弱ながら故実に厳格に行われていた流鏑馬だが、省略できるものは省略し、質実剛健な新しい武家儀式として制定されたのである。

この放生会の流鏑馬で射手となることは武士の第一の誇りであったようで、『吾妻鏡(あずまかがみ)』には熊谷直実(くまがいなおざね)が的立(まとたて)を命ぜられたが、射手は騎馬、的立は徒歩であり優劣があるとして、従わなかったことから所領の一部を没収されたとある。

今日では毎年、9月16日に執行される。息子が流鏑馬射手として奉仕するまでは、私も射手を務めていたが、今年は孫も小学3年になり息子共々流鏑馬を奉仕した。私は観客席で静かに見守った。

今につながる弓伝説の「力」

  • 藤本 雅士(ふじもと まさし)

    熊本日日新聞社監査役・1984政

平安時代の武将、源為朝といえば弓の名手として知られ熊本にも伝説が残る。熊本市近郊にある木原山(きはらやま)に陣取った際、山上を飛ぶ雁を次々と射落としたので雁が遠回りして飛ぶようになった。そこから木原山を「雁回山(がんかいざん)」と呼ぶようになったという。

為朝の影響か、肥後細川藩は弓術に力を入れ、お抱え矢師が存在した。今も熊本には弓道用の矢の国内トップ生産シェアを誇る会社があり、競技では各年代で全国優勝を重ねている。「伝説」が未来につなぐ「力」になった、と言えば言い過ぎだろうか。

地域の豊かさは、人の絆や地元への愛着がベースになると思う。だから大事なのは、地域の課題や困っている人のことを多くの人が知り、どれだけ自分事として受け止めていけるかだろう。そう考えると地方紙の役割は大きい。SNSに圧され苦境にあるが、情報の信頼性と様々な記事を一目で見渡せる一覧性は新聞の強み。地域密着で共感を広げ行動につないでいく─為朝伝説のような「力」のある記事や言論で地域に寄り添う存在でありたい。

弓道ではなく、弓術という選択

  • 小茂鳥 潤(こもとり じゅん)

    慶應義塾大学理工学部教授

「慶應義塾には弓道部はありませんよ」と私が言うと、たいていの人は驚いた顔をする。確かに、日吉キャンパスの奥には弓道場もあり、「弓道部」がそこで練習していると思うのは自然かもしれない。ただ、慶應義塾体育会44部の中にあるのは「弓術部」であって「弓道部」ではない。

もともと日本の武道は武術から始まったらしい。大正の終わり頃、「武術」から「武道」への名称変更が勧められた際、当時の現役部員と師範が熟考の末に出した結論は、塾生の「弓」への取り組みは、永遠に修め続けるべき「道」ではなく、「術」を極めることにこそ意義がある、というものだった。慶應義塾として独自の道を進んだ結果、弓道部ではなく弓術部という名称になったことに、私は慶應らしさを感じる。

最後に付け加えたいことがある。この短い原稿をまとめるにあたり、学生時代に私が所属した弓術部同期の仲間たちから多くの助言をもらった。本稿は、まさに「社中交歓」の名にふさわしい、社中協力の賜物である。

射手座の由来

  • 杉山 七重(すぎやま ななえ)

    慶應義塾中等部教諭、「気象天文生物愛好会」部長

明治の頃、アーチェル(弓を引く人、射手)とよばれていた射手座。弓を引く「人」と言っても、射手座のケイローンは、ギリシャ神話の弓を持った半人半獣だ。生まれたときにその容姿を母親に嘆かれた(悲しい)が、ケイローンはケンタウロス族の中でも極めて優秀で医学、薬学のみならず予言や芸術分野まで学んでいた。狩猟も得意、仲間に武術も教え、神話に出てくる英雄たちの教育係をするなど徳の高い半獣で、しかも不死の力ももっていた。

ところがある日、弟子のヘラクレスが放った毒矢が誤ってケイローンに当たってしまう。永遠に毒の苦しみに耐えなければならないケイローン。いくら優秀な彼でもそれには耐えられず、弟子であるプロメテウスに不死の力を渡し、死を選んだ。ケイローンの兄弟であるゼウスは彼の死を悼み天に上げて星座にした、という。

星座名はカタカナもしくは平仮名で表記すると決められているため「いて座」となり、漢字で「射手座」と見るのは今では星座占いくらいだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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