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【From Keio Museums】セピア色の理想風景──クロード・ロランの『真実の書』
2024/10/09

慶應義塾図書館には、18~19世紀のイギリス人を魅了した理想風景が収蔵されている。輝く光を精妙な色調で描き、抒情性豊かな牧歌的世界を作り出した風景画家、クロード・ロラン(Claude Lorrain、1600~82)の素描集『真実の書』の版画による複製である。クロードは生涯のほとんどをローマで過ごしたが、18世紀に全盛期を迎えたグランド・ツアーによってその作品がイギリスへ数多く持ち帰られた。黄金色の光が画面全体を包み込み、山々、樹々、古典的建築物や廃墟などあらゆる対象に照り映え、牧人や羊飼いが憩う理想風景。逆光を受けてシルエットとなる大木が風景の枠組みと明暗を作り出し、鑑賞者の視線はまばゆい遠景の山々へ導かれる。
『真実の書』はクロードが自身の油彩画の注文作を記録した素描集で、彼の死後にイギリスの貴族が入手し、絵画作品の版画複製事業に力を入れていたジョン・ボイデルの依頼でイギリス人版画家リチャード・アーロム(Richard Earlom、1743~1822)が版刻した。アーロムはメゾチントを用いてクロードの柔らかなウォッシュを再現し、セピア色のインクで刷った。この版画集は高い人気を得、それまでクロードの油彩画や素描を直接見ることが難しかった人々にもそのイメージを伝えたのである。その影響は大きく、風景画家のリチャード・ウィルソンやJ・M・W・ターナー、詩人のトマス・グレイやジョン・キーツ、クロードの風景画を模した風景式庭園、自然をクロード風の風景に変換して眺めるための「クロード・グラス」なる光学装置に至るまで、18~19世紀のイギリスはクロードの作品を通して風景を享受したといっても過言ではないほどであった。
こうしてイタリアからイギリスへ持ち帰られ、版画によって複製・普及したクロード作品のイメージは、現在では海を越え、はるか遠くの慶應義塾にまで届けられた。慶應義塾ミュージアム・コモンズで開催する「Land-scape──お持ち帰りできる風景」展(10月7日~12月6日)には、版画や写真などの複製技術を用いて「お持ち帰りできる」かたちになった様々な風景が集まっている。中世から現代に至るまで、多くの人々が写し、集めてきた風景の多様な姿を、ぜひその目でご覧いただきたい。
(慶應義塾大学アート・センター学芸員 桐島美帆)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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