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【KEIO Report】国際社会の先導者たらんこと──国際刑事裁判所(ICC)と基本合意書(MoU)締結、赤根智子所長による来塾講演会

2024/08/07

赤根智子ICC所長(右)と筆者(2024年6月12日 三田キャンパス)
  • フィリップ・オステン

    慶應義塾大学法学部教授

2024年6月12日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が慶應義塾大学を訪問し、ICCと本塾は基本合意書(MoU)を締結した。ICCと本塾大学法学部・法学研究科および法務研究科(法科大学院)との間には、長年、判事・研究者間の活発な研究・教育上の交流があり、その実績を踏まえ、この度、双方がより一層緊密な協力関係に向けて新たな一歩に踏み出したのである。

ICCは、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪、すなわち、ジェノサイド罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪および侵略犯罪といった「中核犯罪」(コア・クライム)を訴追・処罰するために、2002年、ローマ規程(条約)に基づいて、史上初の常設の国際刑事法廷としてオランダ・ハーグに設立された。最近、ICCが、ロシアによるウクライナ侵攻およびイスラエルとイスラム組織ハマスの紛争をはじめ、現在進行中の戦争犯罪などの捜査に乗り出し、ロシアのプーチン大統領らへ逮捕状を発付し、イスラエルのネタニヤフ首相やハマスの幹部らにも逮捕状が請求されたことで、世界的な注目を集めている。そのICCのトップに、2024年3月に赤根氏が、日本人として初めて就任したのである。

ICCに象徴される国際刑事法という法分野の起点には、ニュルンベルク裁判や東京裁判などがあり、この分野それ自体は、学問領域として確立されてからまだ日が浅い。日本では、この分野を扱う大学が今でも非常に少ない中、本塾大学ではそれに特化した講座がいち早く導入されている。2004年以降、法務研究科と法学部の両方において、国際刑事法に関する専門カリキュラムが順次設置され、現在では日本語と英語の双方で幅広い教育と研究が行われている。赤根氏も、ここ数年、毎年(あるいは、年に数回)、授業でゲストスピーカー講演やセミナー等を行っており、また、義塾の教員引率による大学院生のICC見学もハーグで実施された。このような活動を踏まえ、この度、MoUの締結に至った。

MoUの締結により、学生のインターン生としての派遣などによる実践的指導の機会創出、教員の研究・研修上の交流などが可能となる。その具体的な内容・プログラムとしては、研究上の連携(共同研究プロジェクトの実施等)のほか、主に学生のICCへのインターン生としての派遣、そして教員のICCへのVisiting Professional としての派遣などが予定されている。とりわけ、インターンシップ・プログラムでは、本塾の学生は、ICCの3つの部門(裁判部、検察局、書記局)のいずれかに原則として数カ月間配属され、捜査や公判に関する実務経験のほか、裁判活動を支える司法行政の各部局、たとえばIT部門、紛争対象地域分析部門、渉外部門やメディア対策部門などのような専門部門における研修を通じて、実に多様な実践的経験をすることが可能となるので、法曹を志す学生はもちろんのこと、さまざまなバックグラウンドや専門知識をもった塾生にもその門戸が開かれている点が特徴的といえる。

日本は、ICCの最大の分担金拠出国(約37.5億円〔2023年〕)でありながら、日本人スタッフやインターンが極端に少ない現状に鑑み、MoUを通じて、塾生にインターンの機会を提供することで、このアンバランスを解消し、将来的には学生の国際刑事司法や国際機関等での活躍の場の拡大や、国際刑事法、刑事法、国際法、国際政治学・国際関係学やその他の隣接する学問領域における研究上の交流の促進などが期待される。

また、MoU締結を記念して、同日、赤根氏による講演会が三田キャンパス・北館ホールで開催された。

赤根氏は、学生をはじめとする200名にのぼる参加者を前に、「ICCは世界の刑事司法の発展に寄与できるのか──日本は、日本人はどう向き合うべきなのか」と題して講演を行った。ICCが、緊迫した国際情勢の中で、唯一の常設の国際刑事法廷として果たすべき機能と役割を示し、国際社会における「法の支配」と「司法の力」について、根本的な問題提起をした。また、ICCにおける逮捕状請求・発付に関する法的枠組みや国内法に基づく刑事手続きとの異同等についても説明を加えた。さらに、日本や日本人はもっと世界に貢献しうる(ないしすべき)との認識を示し、日本で中核犯罪が国内法化されていない点やジェノサイド条約にも未加入である点に言及したうえで、それらの重大犯罪に対する日本法による対応の限界を指摘し、今後の国内法整備について、次の3つの課題を示した。

すなわち、①すべての中核犯罪を国内法化すること、②その際、「上官責任」のような関連概念などについても立法措置を講じること、そして、③外国人による国外犯としての中核犯罪を日本でも処罰できるように国外犯処罰規定を整備すること。いずれの課題も「解消すべき時に来ている」との認識を示した。

引き続いて行われた筆者との対談では、赤根氏により提起された問題、とりわけ日本の立法課題や国際刑事司法の舞台で活躍できる人材の育成、さらには「ICC東京事務所」構想などについて、より深い議論が展開された。とくに立法課題については、ICCは各国の裁判権の上位にあるものではなく、法の支配における「最後の砦」ともいうべき存在であり、人道に対する犯罪やジェノサイドの訴追・処罰はまずもって国家の責務とされているところ(いわゆる「補完性の原則」)、それらの中核犯罪に特化した処罰規定を欠いた日本法の現状では、その要請に十分に応えられない面がある点や、それらの犯罪を国外で行った外国人が日本国内に入ってきても処罰ができず、日本が国際包囲網の「抜け穴」になるリスクがある点などについて議論が深められた。

最後に、参加者を交えた質疑応答では、多数の学生から手が挙がり、赤根所長は質問に対して1つひとつ丁寧に受け答えるとともに、対話を通じて学生らに奮起を促す強力なメッセージを贈った。

今後、このメッセージに込められた期待と激励に応えるべく、MoUを最大限活用しながら、義塾からの、国際社会の先導者の育成・輩出に繋げていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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