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【KEIO Report】記録を残し未来につなぐ──『慶應義塾図書館史Ⅱ』の刊行

2024/05/27

  • 関口 素子(せきぐち もとこ)

    慶應義塾大学日吉メディアセンター事務長

慶應義塾大学メディアセンターは2023年10月に『慶應義塾図書館史Ⅱ』(以下、『図書館史Ⅱ』とする)を発行した。編集委員の1人として編纂への思いを述べつつ、紙面をお借りして本書を紹介させていただきたい。

これまでの慶應義塾図書館の記録

慶應義塾の図書館の来し方を語るものとして、そのルーツを幕末まで遡って紐解くところから1970(昭和45)年までの主に三田の歴史をまとめた『慶應義塾図書館史』(以下、便宜的に『図書館史Ⅰ』とする)が1972年に刊行されている。先達の図書館に対する気概や努力を今に伝える貴重な史料である。そしてこのたび発行した『図書館史Ⅱ』はⅡという数字が示すとおり、それを継ぐものとして、1970年度から2019(令和元)年度までの50年間の歩みを全キャンパスの図書館に広げて振り返り記録したものである。

『図書館史Ⅰ』の序において、当時の図書館長であった高鳥正夫法学部教授は「図書館長に選任されてから、私は図書館のこれまでの歩みを想い起し、歴代館長の事績やこれに協力した館員の努力を尋ねようとした。けれども、慶應義塾百年史にも図書館に関する記事は意外に少なかった。(中略)今のうちに図書館を中心とした義塾の姿を書き残すことが必要ではないかと思った。」と記している。この想いから、館員として当時最もキャリアの長い伊東弥之助氏に執筆が託された。伊東氏はたった1人で、慶應義塾の五十年史、七十五年史、百年史や「時事新報」「三田評論」「三色旗」「慶應義塾学報」「慶應義塾総覧」「図書館年報」などを調べ、年表や経年統計も添えた348ページに及ぶ書籍に仕立て上げ、高鳥館長の期待に見事に応えたのであった。

日々の記憶は徐々に遠ざかる。人が替わり資料が散逸する前に記録を残すことがいかに大事かは、文献調査を専門とする我々図書館員は身に染みている。2012年には三田メディアセンターが、三田の旧図書館開館100年、新館開館30年の節目の年に『慶應義塾図書館史稿1970~2012』を刊行したが、内容を三田に限定しており、メディアセンター全体の歴史は先送りとされていた。そして『図書館史Ⅰ』の刊行から50年が経ち、いよいよ取り返しがつかないことになると思い立ち、2021年9月にベテラン職員7名からなる編集委員会を組織し『図書館史Ⅱ』の刊行準備に取り掛かった。

資料にあたる

古参が過去を語る形をとらず、現役メディアセンター職員が手分けをして過去の資料を読みまとめる形で編纂する方針とした。社会情勢の変化も理解しながら読み手に伝わる文章を書くことは大学職員として身に着けるべき資質であり、更に歴史を学びつつ未来を描きながら執筆することが自己研鑽に繋がる期待もあった。若手・中堅職員を加えて総勢34名が関わり、それはメディアセンター全専任職員の4割に上った。

執筆にあたっては「三田評論」等の大学刊行物を参照したほか、慶應義塾の事務部門の記録である「慶應義塾年鑑」「慶應義塾報(塾報)」「塾監局紀要」、1960年、1987年、2018年に編集・刊行された『塾監局小史(Ⅰ)、Ⅱ、Ⅲ』等を典拠とした。また、メディアセンターには1967年に創刊した機関誌(現「MediaNet」)があり、この記録が大いに役立ったことはもちろんだが、メディアセンター内の会議や委員会の議事録が詳細かつ信頼性も高く、内容の厚みを増すための重要な資料となった。だが、古いものは必ずしもひと所に整然と保管されてはおらずに抜けや不完全も散見され、記録を残すことがいかに重要かを改めて知ることにもなった。

図書館員のこだわり

常日頃から本の扱いを専門とする図書館員が本を作るとなると、内容的な満足だけではなく、この本がどこかの図書館の書棚に並ぶことを想像してしまう。

第一のこだわりが本の題名である。前述のように『図書館史Ⅰ』は三田の図書館の活動を中心に書いたものであったのに対して、『図書館史Ⅱ』は全キャンパスを対象として、機械化から始まる全塾図書館サービスの統合といった視点からも描く、という大きな違いがある。今でも〈慶應義塾図書館〉という名称は三田の図書館を指すのであって、全体に広げるのであれば「慶應義塾大学図書館史」が本来は適切である。しかしⅠとⅡを合わせて幕末から令和までを貫く歴史と考えたとき、同じ背文字で書棚に並んで欲しいという発想で、あえて大学を省いた題名とした(写真参照)。同様に、頭に「続」を付ける題名では五十音順で並べた場合に2冊が泣き別れてしまうため、後ろに「Ⅱ」を付けた。さらに、地味な紺色のクロスに金文字という古めかしくもシンプルな装丁もⅠに倣ったものである。

第二のこだわりは完成品の配布先である。本書はPDFで電子的に公開することを前提に、冊子は500部(非売品)の制作を慶應義塾大学出版会に依頼した。世の中の出版形態が紙から電子へ移行しつつある中、無駄な寄贈は控えるべきであり、国内の大学図書館では『図書館史Ⅰ』を所蔵しているところに絞ってお送りした。また、国立国会図書館へも納本している。

完成品を手にして50年分の記録をまとめ上げたことに安堵しているが、いつか誰かの役に立つものであってほしいと願っている。『図書館史Ⅰ』『図書館史Ⅱ』ともに、メディアセンターのウェブサイトでPDF版を公開しているので拾い読みしていただき、キャンパスとの繋がりを少しでも思い起こすよすがとなれば幸甚である。

https://www.lib.keio.ac.jp/about/publication/

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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