三田評論ONLINE

【その他】
【社中交歓】ホテル

2023/11/28

「現実」というホテル

  • 長澤 唯史(ながさわ ただし)

    椙山女学園大学国際コミュニケーション学部教授・1986文

「米文学史」の授業で、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」分析を聞いたのが、私のポップカルチャー研究の原点だ。このホテルを「アメリカ」の隠喩と読む故山本晶先生の分析は、それまで経験したことのない知的な興奮を与えてくれた。

砂漠の中のホテルに一夜の宿を求めた主人公は、そこに広がる虚飾や欺瞞の世界から逃れようとあがく。だが結局は「チェックアウトしても、出ていくことはできない」。どこにも逃げ場はないという現実を突きつけられるのだ。まさに閉塞感と絶望感に覆われた70年代アメリカを象徴する歌だ。

さらに重要なのは、そこが「ホテル」であることである。アルバムジャケットの超高級ホテル(ビバリーヒルズ・ホテル)のように人工的な空間は、まさにアメリカの隠喩。本来は安らぎと夢を与えるために作られた場所が、いつしか人々から希望を奪う牢獄と化している。そして他に生きていく場所は、どこにも見つからない。さて、今私たちが生きている国も、この「ホテル」にどこか似ていないか。

ここちいい旅 徳島

  • 岡本 真一郎(おかもと しんいちろう)

    株式会社ホテルグランドパレス代表取締役、徳島慶應倶楽部会員・1993経

長年宿泊客全国最下位であった徳島県は、コロナ禍明けの宿泊伸び率が全国4位、GWに検索された目的地ランキングで全国2位となるなど、気軽な旅行先として注目を浴びています。

当社ホテルは市街地中心部にあり、ビジネス利用が主体です。非日常を売りにしている温泉やリゾートとは異なり、日常の延長線上でお越しになられたお客様にご満足いただけるよう努めています。

サービス、食事、快適な空間はもちろんのこと、地元素材を活かした幅広いメニュー、大浴場の設置、手土産となるギフトの開発、気軽に休暇を楽しむステイケーションプラン、リモートワークなどワーケーション対応設備など、ホテルが提供できるすべてのサービスを複合的にワンストップで提供しています。

「歩み入る者にやすらぎを、去り行く人にしあわせを」卒業後ホテルオークラ東京に入社し、ホテルマンの持つべき心として教えていただいた言葉です。時代が変わってもこの心を忘れることなく、これからもお客様をお迎えしていきたいと思います。

「ライト館」の魅力

  • 八島 和彦(やしま かずひこ)

    株式会社帝国ホテル取締役執行役員、帝国ホテル東京総支配人・1994商

帝国ホテルは1890年に日本の迎賓館の役割を担い誕生しました。1909年には初代会長を務めた渋沢栄一が中心となり、西洋文化に精通していた林愛作を初の日本人支配人として招聘します。林は建築の壮麗が国際的な一流ホテルの条件のひとつであると掲げ、米国で活躍していた建築家フランク・ロイド・ライトに2代目本館の設計を依頼。1923年に通称「ライト館」が開業します。眼前に広がる日比谷公園の自然との調和や、シンメトリーな構造などから放たれる精巧な建築美は有名ですが、延べ面積の半分が客室で半分が宴会場などの社交の場であった点はあまり知られていません。宿泊のみならず、文化交流の場としての機能も備わり、世界中のお客様が集ったホテル。「東洋の宝石」という愛称で親しまれ、幕を下ろす事となる1967年まで、訪れる人々に驚きや感動をもたらしました。おかげさまで「ライト館」は本年9月に開業100周年を迎えました。ライトのレガシーを継承し、日本を代表するホテルとしての使命を今後も全うしてまいります。

お食事処の進化形?

  • 吉川 龍生(よしかわ たつお)

    慶應義塾大学経済学部教授

中国語の「飯店」にはホテルの意もある。当初は食事処の意であったが、のちに旅籠の意味も持つようになる。18世紀半ばに成立した『儒林外史』にその用例が見えることから、西洋風のホテルが中国に誕生する以前から使われていたことになる。

中国最初の西洋風ホテルは上海のリチャーズ・ホテルと言われる。その中国語名は礼査飯店、ここにめでたく飯店=ホテルの等式が成立したわけだ。

なお、現在では「酒店」や「賓館」などもホテルの意で用いられる。とりわけ、「酒店」は中国南部沿海地域を中心に用いられることが多いとも言われ、海南省ではホテルの6割近くが「酒店」を名前に含み、「飯店」はきわめて少数であるという調査もある。

「酒店」が「飯店」にとって代わって優勢になるのは、改革開放の時代になってからとの指摘もある。飯(食事)が足りたら次はお酒といったところか。南部沿海地域から豊かになっていった中国の経済発展を象徴しているようでもあり、興味深い。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事