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【From Keio Museums】山水の世界を訪ね、禅の境地に触れる

2023/11/22

左:秀盛筆、雪心等柏賛 「楓橋夜泊図」 右:部分
(所蔵:常盤山文庫(慶應義塾寄託))

風揺秋水絶漁蹤、波上客船遊興濃、夜半楓橋夢驚処、寒山月落一声鐘

秋の水辺は風に揺らいで漁船の航跡も消えたころ、旅人の私が乗る船では酒宴がたけなわだ。(それも終わって)真夜中の楓橋、ふと夢から覚めたとき、寒山寺に月が沈み鐘の音は響いていた──
(漢詩の翻刻、解説は斯道文庫教授堀川貴司氏によるもの)

雪心等柏(せっしんとうはく)(1383-1459)が本図に寄せて詠んだこの詩は、張継(ちょうけい)の「楓橋夜泊」の詩を踏まえている。「楓橋夜泊」は、室町時代の五山において詩の入門書として広く読まれていた『三体詩』に収められ、日本の禅僧の間で、主人公の状況や心情について、想像力豊かなさまざまな解釈がなされた。その中に、姑蘇(こそ、蘇州)は、江南地方の中心都市で、歓楽街があり、妓女が多くいたため、主人公は、妓女を他の船に取られて、一晩中1人で過ごしたのではないかという解釈がある。雪心の詩に、「遊興濃やかなり」とあるのはこの解釈を踏まえてのことだろう。

本図と画風画賛ともに類似する作品がバーク・コレクションにある。バーク・コレクションには「秀盛」印が捺されており、本図を描いたのも同一絵師と推定できる。秀盛は、雪心と同郷である美濃の武人画家か、あるいは雪心自身の自画賛の可能性もある。絵の中をよく見れば、画面右上の山の上に塔が見える。これは、寒山寺の塔で鐘の音はここから聞こえてくるのだろう。橋の袂には舟が泊り、対岸には赤褐色の紅葉した樹木がある。いくつか建物があり、屋内には人影もある。画中の時刻は夜半なのか、空は白んできているように見え、明け方に近いのかもしれない。詩と合わせて想像を働かせれば、旅人が遊興の後、静かになった船の中、鐘の音で目を覚まし、船外の景色を眺めた際のもの寂しさを追体験できるのではないだろうか。

この作品は、「常盤山文庫×慶應義塾 臥遊(がゆう)──時空をかける禅のまなざし」展(~12月1日まで)でご覧いただける。ぜひ展示室で、絵の世界に入り、自分なりに物語を思い描いて楽しむ体験(=臥遊)をしていただけたら幸いである。

(慶應義塾ミュージアム・コモンズ 松谷芙美)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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