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【KEIO Report】法務部の設置

2023/08/18

  • 岩谷 十郎(いわたに じゅうろう)

    慶應義塾常任理事(法務担当)

2023年4月1日、慶應義塾に法務部が誕生した。1858年に遡る義塾の歴史において、法務の専管部署が開設されたのはこれが初めてである。

前史

義塾の法人組織の変遷をたどるのに便利な書物がある。『塾監局小史』がそれで、第1巻は1960年に、義塾創立100年を機に刊行された。もっとも、法務に関わる記述は、2018年刊行の第3巻で初めて現れる。「危機管理体制とリーガル対応」の項に、90年代半ばから進捗を見る義塾の危機管理体制整備の流れの中、2000年に「リーガルアドバイザー委員会」(以下、「LA委員会」)が発足した、と記される(同書)。

この「LA委員会」とは、それまでおこなわれていた顧問弁護士による法律相談(「顧問弁護士制度」)を、より組織化して法務機能を充実させたいとの当時の塾側の意向をうけ、三田法曹会の全面的な協力を得て実現したものである。同委員会は、三田法曹会に所属する約10名の弁護士により構成され、そのメンバーは、塾からの依頼に基づき三田法曹会内の推薦委員会によって選任され、義塾常任理事会の審議を経て、塾長が委嘱する。任期2年で重任を妨げない(現行内規では最長20年)。「LA委員会」は、なによりも「慶應義塾の業務に係る法律・制度の実務的な対応を支援・助言すること」を目的に掲げる(三田法曹会編『三田法曹会の八十年』2013年)。一貫教育校や大学病院も含め、今や義塾は各所各部署で同委員会メンバーの熱心で献身的な協力やアドバイスをうけている。

いささか細かな紹介となったが、実はこの「LA委員会」制度こそが、このたびの法務部設置の重要なスプリングボード役を果たしたのである。今年で発足23年目を迎える同委員会は法務部開設後もその活動を続ける。法務部設置の目的の1つは、こうした「LA委員会」の活動とその実績をこれまで通りの前提として、これと連携しつつ、新たに義塾全体から見た法務機能の統括とその円滑化を促進するところにある。

設立

2021年10月、伊藤公平塾長のもと、義塾執行部は「慶應義塾アクションプラン 2021─2025 策定方針について」を公表し、運営基盤の整備として挙がる重点項目の1つとして「法務管理の整備と対応力の充実」を謳った。これに続く「中期計画 2021─2025」は、「塾内各部署(一貫教育校を含む)が担ってきたリーガル対応を一元的に管理する専門的なセクションを設置し、法務管理の整備と対応力の充実を図る」ことと、「法令改正等にも対応したガバナンスの実効性を向上させる」ことを宣言し、「2022年度事業計画」をうけて法務部実現のための準備にいよいよ入った。

法務部設立に向けた議論として、まず義塾における近年の法務事案の増加傾向・複雑化・多様化が報告され共有された。また近時の個人情報保護法や私学法等の重要法令の改正や制定に対する塾内対応─塾内規程・規則等の見直しを含む─を図るについての専門的知見、さらにグローバル化に即した法務対応等の必要性が指摘された。そして、訴訟対応の法務ばかりではなく(臨床法務)、コンプライアンスの整備、それに伴う法務的観点からの種々の塾内周知・研修や啓発、さらに知的財産や安全保障管理、研究契約等への法的チェック体制の強化等を通して、トラブル発生の事前回避を図る機能も期待された(予防法務)。むろん、大学発の新規事業の企画やその立ち上げに係る法務事案もこれから増大が予想され、組織の再編や事業再構築のための検討や情報収集も一層盛んになるであろう(戦略法務)。

新たな法務部が担うべき業務は、これまでの業務(総務部の法務担当が所轄していたもの)の再整理はもとより、情報集約や他の主管部署との連携や分担も、その機動性、能動性そして包括性において、従来の枠をはるかに越える機能と役割とが伴わなくてはならない。ここに法人に属する独立した専門部門としての法務部が求められた所以がある。

運営

そこで義塾法務部の特長だが、それはなによりもインハウスの (義塾内の)ロイヤー2名(常勤、非常勤各1名)を擁していることであろう。本年4月より、それぞれ常勤、非常勤のインハウスとして、牛島貴史弁護士(2009法)、森岡誠弁護士(1996法)が就任している。お2人とも三田法曹会が太鼓判を押す優れた実務家である。これに事務職員として、部長、課長、事務員(専任1名、嘱託1名)を配し、法務担当常任理事の統括のもと、法務業務を行う。また、法務部は「慶應義塾塾監局職制」の中に位置づけられるため、独立した組織規程を設けない。

なお、とくに「LA委員(同委員会副委員長)」として活躍されていた森岡氏のインハウスへの起用にあたっては、鈴木一夫委員長率いる「LA委員会」の格別なご配慮があったことを特記しておきたい。そして法務部に対しては、設立準備の段階から、三田法曹会所属の実務家の方々から数々の温かいご理解とご示教とを頂戴してきた。ここに記して感謝を申し上げたい。また、「LA委員会」の管理事務は総務部(法務担当)から法務部に移管されたことも付記しておこう。

現在、三田キャンパス大学院棟1階に設けられた法務部室(今秋から塾監局1階に移転予定)にはインハウスのロイヤーが常駐し、塾内各部署から随時届く案件や問い合わせへの対応にあたっている。この一方、新しい機関として各所から寄せられた期待も大きい。福澤先生がかつて、人間(じんかん)の交際を保つ要諦として法と学問とをあげたことに思いを馳せながら(『学問のすゝめ』九編)、法務部は義塾の求める任務のために、着々と計画を立て前進してゆく所存である。

義塾社中のみなさまのご支援をお願い申し上げたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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