三田評論ONLINE

【その他】
【From Keio Museums】戦後すぐに発行された誌面に充溢する、歌舞伎への情熱

2023/07/19

「役者」第1号表紙、1947年6月
高橋幸雄《羽の五郎》267×189mm(紙・淡彩)

慶應義塾大学アート・センター所管のアーカイヴのうち、「田邊コレクション」はほかとはいささか趣が異なっている。他のアーカイヴとは異なり、田邊コレクションは歌舞伎雑誌『役者』の編集資料という、かなり限定された範囲の資料が中心となって形成されている。

『役者』は1947~1949年という短期間のみ、基本的に月刊で発行されていた歌舞伎の情報誌である。雑誌作りも簡単ではない時代に、前月の歌舞伎興行の写真や批評が掲載されており、文字量の多さもあわせて戦後日本における歌舞伎に対する情熱の大きさが見て取れる。第1号の表紙には「暫」で7代目松本幸四郎が演じる鎌倉権五郎の隈取りが用いられている。これは俳優の顔に紙や布を直接押し当て写し取った「押隈」と呼ばれるもので、以降の表紙は絵画が用いられているのを考えると、この第1号への並々ならぬ力の入れようが偲ばれよう。また『役者』には楽屋などで俳優を撮影したオフショットが頻繁に掲載されているのも特徴の1つだが、中には本人のサインが入った写真もあり、雑誌には未掲載の写真も含めて貴重な資料として保管されている。

押隈を使用したり、オフショットを掲載したりできたのは、この『役者』が戦後に歌舞伎の情報を届ける稀有な雑誌だったからだけではない。私財を投げ打って雑誌を発行した田邊光郎は、父武雄の代から役者と交流を持つだけでなく自らも舞台に立ち、市川左團次に養子入りを打診されるほどであったという。こうした背景があるからこそ、先述の貴重な資料を用いて雑誌を刊行することができたのであろう。

アート・センターで開催中の展覧会「歌舞伎への情熱──田邊コレクション/『役者』関係資料展」(7月28日まで)では雑誌原本や写真類、挿絵原画を展示中である。また『役者』は後半にかけて川口子太郎の主導でより学究的な側面を深めており、中でも会場に原稿が展示されている「空想劇場」なる誌上上演・批評の試みは興味深い。他にも大学生による俳優批評には当時の若者の歌舞伎への視線が垣間見えることもあり、展覧会会場では敗戦直後の社会における芸術に対する熱い眼差しを感じることができるだろう。

(慶應義塾大学アート・センター学芸員 新倉慎右)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事