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【書評】中山俊宏君の2冊の本

2023/06/30

  • 土屋 大洋 (つちや もとひろ)

    慶應義塾常任理事、総合政策学部教授

2022年5月に55歳で急逝した総合政策学部教授の中山俊宏君による著書が2冊相次いで刊行された。

1冊目は、『理念の国がきしむとき──オバマ・トランプ・バイデンとアメリカ』(千倉書房、2023年3月)である。16年の米大統領選挙におけるドナルド・トランプ当選に言葉を失った著者は、自分が何を見落としていたのかを探し続けた。その6年間に著者が各所で書いた論考を再構成したのが本書である。

著者は、トランプが米国政治を変えた原因ではなく、アバター(化身)だという。トランプが登場したことによって米国政治が変わったのではない。変わりつつあった米国政治の実相をうまくすくい取って現れたのがトランプであり、トランプという人間とトランプ現象は一致していないともいう。トランプ現象によってはっきりと見えてきた米国政治の地殻変動、そしてその分断は、すでにバラク・オバマが大統領になったときから始まっていた。そして、それはトランプ政権の4年間を経て、ジョー・バイデン政権にまで続いているという。

オバマ、トランプ、バイデンという3つの政権は、それぞれの大統領の性格や施策を見ているだけだと全く異なるように見える。しかし、政権が代われども、米国政治の基盤となる米国社会では、静かだが、しかし確固たる変化が起きていることに16年の時点では気づいていなかった。その驚きから、著者は米国政治を見直し、理念の国のきしみを見出した。

もう1冊は、『アメリカ知識人の共産党──理念の国の自画像』(勁草書房、2023年4月)である。この本の元になったのは、著者が2001年3月に提出した博士論文である。それから20年以上の時を経て出版されることになったが、著者はずっとこの本の出版をいつかしようと準備し、デジタル原稿を編集者に預けていた。

著者が米国の共産党について博士論文を書いたということは、本人も時々口にしていたので、親しい友人・知人たちの間ではよく知られていた。しかし、論文そのものを読んだ人は少なかった。

この博士論文は、彼が師事した永井陽之助の「なぜアメリカに社会主義はあるか」という1966年(著者が生まれる1年前)の論文に源がある。共産主義・社会主義を排し、ソ連をはじめとする東側諸国と冷戦において対峙した米国に、なぜ共産党があったのか、そしてそれをなぜ排除したのかを見ることで、理念の国としての米国の姿を捉えようとした。米国自身が積極的に語らなかった言葉に光を当てることで、米国が求めるものを明らかにしようとした。

米国紙の記者を務めたり、ニューヨークの国連の日本代表部で働いたりしながら、ずっと著者はこの疑問を抱き、それを終生、問い続けていた。その証拠に、『理念の国がきしむとき』には、「アメリカに社会主義はない?」と題する2020年の論考が収録されている。民主党予備選で候補を争ったバーニー・サンダースは、社会主義的な政策を堂々と打ち出し、それを若い世代が熱烈に支持したことも、著者には強烈な印象を残した。

2001年の対米同時多発テロ(9・11)の後には、いわゆるネオコン(新保守主義派)と呼ばれた思想潮流がジョージ・W・ブッシュ政権に強く影響していると論じられたが、そのテロの前に提出されたこの博士論文は、すでにネオコンのことを論じていた。また、キリスト教右派の政治的台頭をいち早くつかんでいたことでも著者は知られている。著者にとって米国は物質的な文明を体現する国であるだけではなく、その背後にあって見えないながらも、理念によって強く動かされている国でもあることが、何よりも知的な関心の源になっていたのだろう。

著者を偲ぶ会が開かれたとき、彼の米国の友人たちの言葉が紹介された。その1人は、初めて著者に会ったとき、米国人だと思ったと述懐した。幼い頃から米国に馴染み、米国文化に親しみ、しかし、米国を知的な分析の対象として凝視し続け、そして、それを私たちに解説し続けてくれた著者の言葉を噛みしめることができる2冊である。

同僚として、そして、友人として、中山君を失ったことは大きな痛みを残している。しかし、彼の言葉がこの2冊を通じて広く受け継がれるなら少しの慰めになる。

『理念の国がきしむとき──オバマ・トランプ・バイデンとアメリカ』
中山 俊宏
千倉書房
430頁、3,960円〈税込〉

『アメリカ知識人の共産党──理念の国の自画像』
中山 俊宏
勁草書房
352頁、5,170円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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