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慶應❝塾❞語事典:早慶戦/慶早戦 そうけいせん/けいそうせん

2023/05/25

  • 都倉 武之(とくら たけゆき)

    慶應義塾福澤研究センター准教授

(一)

塾とは無関係の方との会話が野球に至り、「早慶戦……あ、慶早戦ですね」と訂正され、よく知ってるでしょう、という笑顔を向けられることがある。しかし多くの塾関係者は、自然に早慶戦と呼ぶのが実態であろう。確かに日英同盟を持ち出すまでもなく、慶應側から慶早戦と呼ぶべきという説は、当然だ。一方で「早慶戦」がすでに固有名詞として定着している中、あえて「慶早戦」と頑張るのは、塾の気風ではない、という感覚もわかる。入場制限のあった今秋(2022年秋)の神宮での応援は授業短縮無し、という学生部の通知も「早慶戦」だった。應援指導部や慶早戦支援委員会は「慶早戦」の砦だ。アイデンティティに関わるとも思えるこの問題へのおおらかさ自体が、塾のアイデンティティなのだろう。

(ニ)

2008年、塾創立150年記念で338名の執筆者が参加して『慶應義塾史事典』が作られた。その編集会議で早慶戦/慶早戦問題が勃発したことがある。特に部活の項目で不統一が目立ったのは確かだった。統一するなら慶早戦だろうと、いったん表記統一が図られたが、「我が部では慶早戦などと呼んだことは一度もない」と、強硬な反対が出て収拾がつかなくなり、結局不統一を残した。早稲田の側ならまだしも慶應側が「早慶戦」を推すとはまことに不思議だが、これが慶應の面白いところだ。ちなみに早慶戦という呼び方はマスコミに早稲田出身者が多かったから定着したという説があるが、筆者は早慶戦の方が語呂が良いからに過ぎない、という説を取っている。

(三)

歌人で幼稚舎・普通部教員の掛貝芳男の『よい言葉わるい言葉』(1976年)という本を教えて頂いた。「『慶早戦』では、口にも耳にも、ぐあいがわるい」と掛貝はいう。「慶明戦は『慶明戦』がよろしく、『明慶戦』では言いにくくもあり、間が抜けましょう」ともいう。「早慶戦」の定着に色々理窟を挙げる向きがあるが、単に語呂が良いからではないか、というのが筆者の説であると前回の小欄で書いたら、普段何の反響もない小欄に、いくつかの賛成の声が届いた。その一つに掛貝の本の紹介があったのだ。なお掛貝はこう書き添えることも忘れていない。「『早』を先に言う方がよいととなえたからと申して、私は早稲田のまわしものではありません」。

(2022年11月号~2023年1月号)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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