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【KEIO Report】シリーズ「総合政策学をひらく」(全5巻)の刊行

2023/05/10

総合政策学は、個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的にとらえなおして問題解決するために学際領域に踏み込もうとする新たな学問領域として誕生した。
  • 加茂 具樹(かも ともき)

    慶應義塾大学総合政策学部長

総合政策学の現在を問う。総合政策学部は、2023年春、ブックシリーズ「総合政策学をひらく」を刊行した。『流動する世界秩序とグローバルガバナンス』、『言語文化とコミュニケーション』、『社会イノベーションの方法と実践』、『公共政策と変わる法制度』、そして『総合政策学の方法論的展開』の全5巻である。本シリーズは、全巻4月に2刷となった。

多様で複雑な社会に対して、テクノロジー、サイエンス、デザイン、ポリシーを関連させながら問題解決を図るための学問を展開する湘南藤沢キャンパス(SFC)において、総合政策学部は、未来を歩み抜くための政策を考えることを教育と研究の中心においてきた。政策を「人間が何らかの行動をするために選択し、決断すること」(加藤寛)ととらえ、また「人間の行動が社会であり、その社会を分析する科学は、総合的判断に立脚しなければならない」(加藤寛・中村まづる)という認識のもとに、総合政策学という学問がある。総合政策学という学問が生まれ、SFCに総合政策学部が設置されてから30年あまりが経過した。

私たちが生活する社会はいま、大きな変動期にある。社会が共有してきた価値や利益は流動し、社会が了解してきた規範や制度といったゲームのルールは動揺している。これまで当然とされてきた前提の多くは変化している。グローバル化と相互依存の深化は、国際社会の平和と繁栄を保障するとみなされてきたが、現在の国際社会は異なる姿を示している。自由民主主義は、社会が追求する政治体制の既定値であって、これが後退することはないと考えられてきたが、自由民主主義の後退、権威主義の台頭という認識が広まっている。情報通信技術の進歩は自由民主主義の深化につながると理解してきたが、権威主義の強化に貢献する側面もあることが分かってきた。

こうして私たちは、30年という時間を経て、社会が共有していると信じてきた利益や価値は、変化することを再認識している。社会の秩序は流動する。社会の問題の多くは、従来の解決方法に常に懐疑的であり、常に新しい発想を要求している。新しい秩序のなかで生き抜くために、政策を考え、決定し、実践する力を涵養する学問が求められている。新しい秩序の萌芽は、既存の秩序が後退してゆく過程に立ち現れるからである。

SFCは、総合政策学を、現実社会の問題、すなわち政策問題と実践的に解決する取り組みをつうじて知の蓄積を図ろうとする、「実践知の学問」と定義している(國領二郎)。それゆえに総合政策学は、常にあるべき自らの姿を問い続けるべきもの、と理解されてきた。「社会が変わり続ける限り、総合政策学の知見は常に古くなりつつあり、更新され続けなくてはならない。社会に間断なく問題が生まれ続ける限り、これだけ学んでおけば良いという固定化された知識では不十分である」(土屋大洋)と。

そもそも私たちが向き合う社会の問題は、特定の学問領域に立ち現れるわけではない。問題を解くための有効な政策的判断を導くためには、複数の学問分野からの視点が必要である。学問には、それぞれ固有の研究対象としての領域がある。これに対して総合政策学は、既存の学問とは異なる性格を持つ。仮に既存の学問をdiscipline oriented の学問と捉えるのであれば、総合政策学という学問はissue oriented の学問といえる。より正確にいえば、総合政策学は、discipline orientedの学問を前提としながらも、社会問題の解決の方向性と具体的な解決手段である政策を検討し、その実践のあり方を模索することまで射程に入れたissue oriented の学問である。

総合政策学が、個々の先端的な学問領域に通暁しつつも、それを総合的にとらえ直して問題解決するために学際領域に踏み込もうとする新たな学問領域と理解される理由はここにある。総合政策学が魅力的であるのは、秩序の変動と社会問題の変化を的確にとらえ、問題の変化に適応する学問を構築しようとする考え方を備えているからである。

SFCと総合政策学部は、その開設から30年あまり、総合政策学のあるべき姿を繰り返し自問してきた。これまでの最も包括的な取り組みが、学部創設から10年を機に刊行された、シリーズ「総合政策学の最先端」(全4巻、小島朋之・岡部光明他編、慶應義塾大学出版会 2003)であった。

「総合政策学をひらく」は、「総合政策学の最先端」から20年を経て、「実践知の学問」のあり方を再点検する試みである。本シリーズを構成する各巻が掲げるキーワードは、現在、SFCで展開している総合政策学の学問領域の見取り図を示している。各巻の表紙には「人間」が描かれている。この「人間」は、「政策とは人間が何らかの行動をするために選択し、決断すること」(加藤寛)という意味において総合政策学を、そして「人間と人間をとりまく環境、それらに大きな影響をあたえる情報との関わり合いを学び、自ら問題を発見・解決できる能力を養い、将来の情報社会の広い視野で中心的な役割を果たす人材の育成」(相磯秀夫)を目指し、ともに未来を考える学問を追究してきた環境情報学を表している。

総合政策学の学問領域は、社会秩序の変化に適応して、その構成は変化してきた。それが可能なのは、変化に応じて学問領域を組み替えるべきだという共通認識を、創設以来共有し続けてきたSFCのファカルティーの柔軟性にある。こうしてSFCは、次の30年後の社会を見据えて、学生と共に総合政策学をひらいてゆく。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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