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ウクライナ人元留学生のスピーチ──私たちに何ができるか

2023/04/13

  • 林 秀毅(はやし ひでき)

    国際大学国際関係学研究科特別招聘教授、元慶應義塾大学経済学部特任教授

1月12日、三田キャンパスにて、ウクライナ人元留学生カテリーナ・ノヴィツカさんによるスピーチが行われた。カテリーナさんは、キーウ大学で日本語を学んだ後、2017年秋から1年間、慶應義塾大学に留学した。現在はNHKで番組制作ディレクターを務めている。

今回のスピーチは、自身が留学時に学んだ英語科目「EU・ジャパン・エコノミックリレーションズ」の今年度履修学生を対象に行われたものである。当日は学部生と交換留学生を中心に100名を超す聴衆が集まり、会場となった西校舎532教室は熱気に包まれた。

なお、当日の様子の一部は、2月26日、NHK・BS1スペシャル「届けウクライナの叫び」で紹介された。

スピーチはまず、父母と妹と共に過ごした幼少期の楽しい思い出から始まった。日本のアニメやコスプレに興味を持ったことが、その後、日本語を学び留学することにつながった。留学期間中は夢がかない、好きな日本の文化に浸っていた。一方、内外の政治などにはあまり関心がなかった。NHKで働き始めてからの担当も、国際放送で日本の歴史や社会事情を紹介することが中心だった。

しかし2022年2月24日を境に、全ては変わった。振り返ると、ロシアは2014年にクリミア半島を占拠し、その後もウクライナ東部では親ロシア勢力の存在により不安定な状態が続いていた。しかしこの時期に政治に関心を持たず、日本に居ても情報を発信しようとすればできたにもかかわらず、それをしなかったことを深く後悔した。それによって、一緒に学んでいた大学の教授や友人たちを失わずに済んだかもしれないのだ。

侵略後、日本からウクライナに帰国した親友もいる。日本に留まる自分にできることは、ウクライナの日々の現状を正しく伝え続けることしかない。このような思いが、その後の活動の起点になった。

さらにスピーチは、ウクライナの現状に及ぶ。依然として戦況の厳しさは変わっていない。国内に残る父母は、電気が不足し暖房もままならない中、頻繁な爆撃音を耳にしながら生活している。侵攻後、自分を頼って日本に避難してきた妹は、今も日本語の勉強を続けている。

しかし、状況が変わっていないにもかかわらず、日本国内でウクライナに関するメディアの報道が減っていることが、とても心配だ。その内容も「ロシアとウクライナはかつて1つの国であり、兄弟だ」という言い方は、ロシアのプロパガンダに過ぎない。

平和であることが日常となっている日本では理解されにくいかもしれないが、ウクライナ人にとって、今回の戦争に勝利することと平和は同じ意味を持つ。これ以上の犠牲者を出さないために早く停戦すべきではないか、という意見がある。しかし安易に妥協しても、平和は訪れない。そのため、ウクライナでは市民が進んで銃を取り、戦っている。

是非、皆に支援を続けてほしい。武器だけではなく、体を温めるカイロでも電池でもいい。ウクライナ人はそこに込められた気持ちに励まされる。是非、皆に関心を持ち続けてほしい。今起きている現実を直視し、必要だと思えば声を上げてほしい。それによって、ロシアの行為はいかに誤っているかということが、世界に知られることになる。

スピーチの様子

以上がスピーチの概要である。これに対し、学生の反応はどうだったか。

まず、ほとんどの学生が、今この世界で実際に戦争が続いていることを、現地に居る友人や家族を持つ本人から直接聞き、強く心を動かされた。

一方、スピーチの途中で「自分の国が侵攻されたら戦うか」という問いに対し、手を挙げた学生の数は少なかった。特に日本人学生は、前述のように平和が日常である状態に慣れているため、「戦いに勝つことが平和につながる」という考え方は、やや理解しにくいのかもしれない。

おそらくこれは、実際に自分がその場に立たされた時に初めて、答えを出せる問いだろう。ある日本人学生は、今はウクライナ人の考え方に無理に同調しようとするのではなく、その置かれた立場と心情を理解するよう努めるべきでないか、と述べている。

今回、出席者のなかには韓国人学生も多く、現実の脅威を感じながら兵役に就いたり、家族が長期間捕えられ離れて暮らした経験から、ウクライナは他人事ではない、という意見があった。また、ある台湾の学生は、自国を守るためには軍事力だけでなく経済力など、ソフトパワーが役立つと述べた。

これらに対し、ウクライナとの関係をより身近に感じる欧州の学生からは、現状はエネルギー価格が上昇し生活に悪影響を及ぼすという次元ではなく、人間の尊厳を守るための戦いだ、という意見が多かった。また日本では、兵士や武器についてだけでなく、結論を出しにくい問題、議論に必ずなる問題を初めから避ける傾向がある、といった厳しい指摘もあった。

カテリーナさんのスピーチを聞き、遠く離れた日本からであっても、私たちがウクライナに関心を持ち続け、必要があれば声を上げることだけでもウクライナに対する支援になるというメッセージは、皆に伝わったのではないか。

なお、今回のスピーチが行われた「EU・ジャパン・エコノミックリレーションズ」(EUと日本の経済関係)は、2005年に嘉治佐保子経済学部教授から筆者が引き継ぎ、現在に至る経済学部科目である。また田中俊郎名誉教授、細谷雄一法学部教授には以前から様々な協力を頂いている。このような支えがあって初めて、今回のような機会を設けることができた。この場を借りて両学部の皆様に御礼を申し上げる。

慶應義塾大学留学時代のカテリーナさん

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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