【その他】
【社中交歓】ロープ
2023/04/24

山登りとザイル
日本の山登りでは一般的に英語のロープよりもドイツ語のザイルと表現する。山登りにはより高くより険しくを追求する厳しい山から新緑や紅葉を愛でる優しい山まで様々な形態があるが、ザイルを使うのは主として岩壁や雪稜を克服して頂上を目指す難度の高い山である。こういった難しい山では登山者たちはお互いをザイルで結び合う。万一パートナーが岩から落ちたり雪面を滑落した場合でも安全を確保するためであるが、反面パートナーの事故に巻き込まれて最悪命を落とすリスクも負う。ザイルを結び合うということは文字通り一蓮托生の関係に身を置くわけでお互いの信頼が大前提となる。ゆえに時として「君とはザイルを結びたくない」という事態も起こる。最近のエクストリーム登山ではヒマラヤの八千米峰でも無酸素・単独登攀が珍しくない。彼らは高い登攀技術と無尽蔵の体力に裏付けられた強烈な個性で他人に命を託すことを拒否して1人で登るわけだが、結果として山で命を落とすケースが少なくない。善悪は別として、凄絶である。
綱のつく町、綱島
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田代 茂樹(たしろ しげき)
田代歯科クリニック院長・1982商
渋谷から東横線で日吉のひとつ先に綱のつく町、綱島がある。私の職場はその綱島駅にほど近い。
日吉に隣接するという場所柄、慶應義塾の綱島学生寮と綱島SST国際学生寮があり、さらに塾職員の住まいがあったり、学生寮以外にもアパート住まいの学生も多い。そのような方々が、たまたま治療の際に私が塾員と知ると、今のキャンパスの様子を教えてくれたりすることもよくある。
先日いらした患者さんにアフリカから来た塾の留学生がいた。今の日本人ではほとんど見ることのない、親知らずまで合計32本の歯がきれいに並んだまっ白で見事な歯並びの女性だ。もちろん歯科の治療歴はまったくない。診ると奥歯に神経まで達する深いむし歯が数本ある。理由をきくと、やわらかい日本の食事が本当においしいこと、くわえて種類の多いお菓子がやめられないのだという。わずか1年の生活の変化だ。ひとりのアフリカ系女性の口の中から、日本人の食生活の問題点が垣間見えた気がした。解(ほど)けなくなるAIプログラム
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中原 大介(なかはら だいすけ)
慶應義塾大学SFC研究所上席所員、帝京平成大学専任講師・2014政メ修
私が専門のプログラミングには、文字列などを「Strings」(糸)と呼称し、それよりもさらに複雑なものを「Rope」(ロープ)と呼ばれる技術があります。まさに、「糸」(文字列)を束ねていくと「ロープ」(文章)になるわけですね。
最近では、ChatGPTなどAIのプログラムはどんどん賢くなってきています。その原理は、膨大なデータを順列組み合わせ的に超高速処理する仕組みです。しかし、その複雑すぎるロジックは、人間に解く(=「ほどく」)ことが難しくもなってきています。
ところで、「無限の猿定理」と言う定理があり、これは、1匹の猿がタイプライターを適当に打ち続けると、4.2×10の28乗年をかければシェイクスピアの作品が書ける、と言うものです。文章表現に対する人間の無限の創造性を示唆しています。
人間は、AIプログラムを無理に「ほどく」よりも、むしろそれを上手に「束ねて」、日常生活に役立つ「ロープ」にしていくスキルが必要とされるのではないでしょうか。
縄跳びと「練習」
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神吉 創二(かんき そうじ)
慶應義塾幼稚舎教諭
幼稚舎の3学期、恒例の「縄跳び記録作り」は令和4年度で第49回を数え、全32種目もの様々な難度の技の合格を目指して、幼稚舎生は朝から跳び続ける。体育科の目標として3・4年生には課題があり、多くの子はなかなかクリアーできずにかなりの苦労をする。そうしてやっと合格できた時には、大きな大きな喜びを得る。
縄跳びは、自分の努力・練習を決して裏切らない。困難な課題に正面から向き合い、努力を重ね、辛いところから決して逃げない気概。継続していく勇気。支え励まし合う友達。そしてついに達成した時に味わう成功体験の満足感……。しかし縄跳びによって獲得する最も尊く大切なものは、子どもたちの心が強く逞しくなり、優しい人になれることだろう。掴んだ成果、手にした栄誉、味わった喜び、磨いた品格、それら全ては「練習」の中にある。「練習」によって可能にしたものは、困難な課題克服なのではなく、縄跳びに真摯に向き合ったことにより自然に具わった、幼稚舎生の「品格・気品」なのである。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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