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【社中交歓】行進

2023/03/29

キング牧師、3月の三度の行進

  • 南波 克行(なんば かつゆき)

    アメリカ映画批評、研究家・1989法

映画『グローリー/明日への行進』(2014年)は、キング牧師の「私には夢がある」で名高いワシントン大行進でなく、さらに過酷なセルマ行進を描いている。黒人の実質的な投票権を求めた運動だ。

この行進は、アラバマ州セルマのエドモンド・ぺータス橋を舞台に三度行われる。一度目は、この橋に足を踏み入れた民衆を、警官隊が攻撃する。「血の日曜日」事件である。これで世論は動く。二度目の行進を後押しするが、今回はこの橋の上でキング牧師が行進を止めてしまう。惨劇の再現を恐れたからだが、それを彼の挫折と見る同胞の黒人も多く出た。

しかしその夜、行進に参加した白人牧師が殺され、その怒りは三度目の決起を促す。まるで内戦だ。しかし行進と進軍は違う。進軍するのは兵士だが、行進は女性に老人、子ども、病人まで誰もが参加できる。だから非暴力なのだ。アーカイブ映像も交えた一連のシーンは必見だ。ここでついに民衆は橋を渡り、キング牧師の演説が高らかに鳴り響く。以上1965年3月(March =行進)の事である。

運動会でのスーザ

  • 塚原 理(つかはら おさむ)

    慶應義塾高等学校音楽科教諭

高等学校全生徒約2千名が一堂に会する機会の1つが秋の運動会である。開会を告げる時報。そして吹奏楽部によるマーチングの演奏が始まり、役員・選手がそれに導かれてトラックを行進する。高等学校の象徴的なワンシーンである。私が吹奏楽部長に就任してから27年になるが、このマーチングでは一貫してスーザ作曲のマーチを選曲してきた。

『星条旗よ永遠なれ』『美中の美』『ワシントンポスト』。どの曲も耳馴染みがよく気品があり美しい。だが演奏するのは手強い。細かいリズムを伴った節回しや拍子感等、座奏練習で注意する箇所は多いのだが、最も大変なのは演奏しながらの行進である。強拍左足・弱拍右足がマーチングの基本だが、よくぞここまでというくらい演奏と足元がちぐはぐになる生徒が現れる。居残り練習が夜遅くまで続く……。

こんな風景が遠いものになるとは思ってもいなかった。コロナの影響で運動会は中止・規模縮小が続き、3年間マーチングは行われなかった。来年度こそマーチングが復活する年になって欲しい。

3月と行進の語源

  • 堀田 隆一(ほった りゅういち)

    慶應義塾大学文学部教授

3月1日は「行進曲の日」だそうですが、これはMarchとmarchの同音異義にあやかった言葉遊びに由来するようです。実は両語の語源はまったく異なります。「3月」のMarch は、ローマ神話の軍神、そして農耕・牧畜の神でもあるマルスを指すラテン語Mārsに遡ります。3月は、冬の寒さが終わり、軍事行動が再開され、農耕も始まる時期です。古代ローマ暦では、まさに1年の幕開きの月でした。

一方、「行進する」のmarch は、おそらく「国境、領土」を意味する語根に遡ります。境界を示すための目印はmark と呼ばれますが、これも同根です。Denmark は「デーン人の領土」です。国境付近は軍事的に重要であり、軍隊行進によって足跡でマークしておくことが肝要です。ここから「行進する」の意味が生まれました。Marchとmarchは語源こそ異なりますが、ともに軍事用語だったというのが偶然ながらもおもしろいところです。農耕と楽器演奏の平和なマーチが良いですね。

ワーグナーの「結婚行進曲」

  • 北川 千香子(きたがわ ちかこ)

    慶應義塾大学商学部准教授

「タンタタターン」で始まる結婚行進曲は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。19世紀ドイツの作曲家ワーグナーの「ローエングリン」の第3幕に登場する音楽だ。忽然と現れた謎の騎士ローエングリンと、ブラバントの公女エルザは運命の出会いを果たし、別名「婚礼の合唱」と呼ばれる行進曲に伴われながら初夜の寝室へと導かれる。ところが、その直後に2人の結婚は破綻してしまう。というのも、騎士は結婚の条件として自分の名と素性を尋ねないことをエルザに約束させるが、彼女はその禁じられた問いを口にしてしまうからである。自らの秘密を明かしたローエングリンは立ち去り、エルザは絶望のあまり息絶える。実はかなり縁起の悪い音楽なのだ。

だがそもそも、愛する人の名を知りたいという当然の感情を否定され、男性に対する絶対的服従を前提とする男女関係がうまくいくはずがない。2人の結婚は最初から破綻が決定づけられていたのだ。祝福に満ちた美しい結婚行進曲は、その後の悲劇的な展開を一層際立たせるのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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