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【KEIO Report】慶應義塾で漫画、アニメ、ゲーム、ポップミュージックをどう研究し、どう学ぶか? ――「慶應義塾大学エンターテインメント三講座合同シンポジウム」報告

2023/03/23

シンポジウムの様子
  • 新島 進(にいじま すすむ)

    慶應義塾大学経済学部教授

漫画、アニメ、ゲーム、ポップミュージック――今日、エンターテインメント、サブカルチャーとして括られるコンテンツ群は商業的、大衆的な産物であれ、現代社会の各方面においてそれに留まらない重要な問題を提起していることは言を俟たない。よって、これらを学問知の一分野とみなし、研究教育活動の対象にすることに異を唱える者もおるまい。実際、こうしたジャンルへの学生の関心は高く、業界への就職を希望している塾生、企業で活躍している塾員も少なくない。でなくとも授業履修から論文制作、さらにはこの領域で研究職をめざすなど、大学で漫画やアニメを学びたいと望んでいる学生は数多くいる。教員の側も、漫画やアニメを観て育ってきた世代が主軸となる時代に入ってきており、一部は自らの専門分野と絡めた研究活動や授業展開をしている。だが、それらは個々の活動に留まり、点と点のままで、一貫教育校を含めた義塾全体でエンターテインメント、サブカルチャー分野の研究、教育活動を円滑にするための連携、組織化がされているとは言いがたいだろう。既存の学問知と大衆文化理解の接合、伝統と進歩のバランスにおいて、この分野における義塾の現状は、変化への傾きが充分ではないのではないか。

今回、この問題の解決に向けた一歩を踏み出そうと「慶應義塾大学エンターテインメント三講座合同シンポジウム」を開催する運びとなった(2022年12月17日、三田キャンパスG-Lab)。同企画の実現は2022年度、エンターテインメント、サブカルチャーを対象とする3つの寄附講座が期せずして三田、日吉で同時多発的に開講したことに端を発している。だが、右の事情に鑑みればこれは偶然ではなく、ひとつの必然であったとも言えよう。

シンポジウムではアート・センター副所長、粂川麻里生による趣旨説明のあと、同センター訪問所員、原田悦志が三田キャンパス開講科目「エンターテインメント・コミュニケーションズ論」(アート・センター主催。一般社団法人 日本音楽事業者協会、および株式会社 NexToneによる寄附講座)の概要を説明した。同講座では音楽を中心としたエンターテインメント産業の世界ならびにその未来が議論の対象となっており、音楽マーケットを「1.作り手(クリエイター)、2.送り手(プロデューサー)、3.拡げ手(ライツビジネス)、4.受け手(ファンダム)」という4つのレイヤーに分類して考察をおこなっている。そのうえで授業は、各分野で活躍する当世一流のゲスト講師による座学と、上記のレイヤーからひとつを選択した受講生によるアクティブラーニングの二要素で構成されている。前者は講義録として刊行されるにふさわしい充実ぶりであり、後者は、学生自らがエンターテインメントの世界とその未来についてグループ発表するという、主体性をも育成するカリキュラムとなっている。

続いて経済学部教員、新島進が2022年度秋学期、日吉キャンパスにおいて新たに開講した「ゲーム学」(教養研究センター設置科目。株式会社 コーエーテクモホールディングスによる寄附講座)の紹介をおこなった。同講座はデジタルゲームの現状やその可能性を、文化、産業、技術という3つの側面から考察するオムニバス形式の授業である。特色として、ゲーム学プロパーの研究者を塾外から招聘するほか、義塾教員が自身の専門分野の知見からデジタルゲームについて講義をおこなうことが挙げられる。新島はまた、今後ますます増えるであろう国内の、さらには日本のサブカルチャーを学びに海外からやって来る留学生の受け入れについて、大学の対応を整備する必要性を訴えた。

最後に経済学部訪問研究員、中山淳雄が、自身が中心となって立ちあげた「エンターテインメントビジネス論」(2022年度は教養研究センター設置の実験科目、来年度より正式科目化。株式会社アカツキ社による寄附講座)について発表をおこなった。これは中山がプロデューサーとして海外向けにゲーム、アニメ、スポーツ事業を推進してきた経験に基づき、エンターテインメント産業を横断的に分析することを目的とした講座となっている。初年度の講義で対象となるのはゲーム、漫画、アニメ、出版、テーマパーク、スポーツビジネスである。また、産業ごとのビジネスモデルや作品別投資対効果などを俯瞰的に理解すると同時に、現在、プロデューサー、クリエイターとして最前線で活躍している業界人を招聘、その対談によって学生の関心を引き出すことをめざしている。エンターテインメント産業はドメスティックな内容が中心となることが多いが、海外展開を軸に据えている点は本講座を特徴づけるものといえる。こちらも講義録として書籍化を前提としており、その成果は学内に留まらず、広く産業人材の育成、産業自体の活性化を促すものになることが期待される。

休憩後、3講座すべてに出講した経済学部教員、三原龍太郎の司会によってフロアとの質疑応答がおこなわれた。サブカルチャーを対象とした新たな塾内研究組織の創設については池田幸弘常任理事も壇上にあがり、その実現可能性については、学部縦割りの弊害をどうクリアするかという課題が指摘された。会場には学生のほか、業界関係者も多数来席しており、この分野における義塾のサポート体制強化に期待する声が聞かれた。

重要なのは今回のシンポジウムを一過性のものとせず、エンターテインメント、サブカルチャー分野の研究教育活動を義塾内で組織化していくための具体的な行動をはじめることだ。意欲ある教職員のみなさまのご助力を賜りたい次第である。

(本稿はシンポジウム登壇者3名により作成された。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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