【その他】
【社中交歓】白鳥
2023/02/20
黒鳥の名の下に
黒鳥社(blkswn publishers)が当社の社名である。
ブラックスワンというと、リスクと不確実性の研究者であるタレブの著書を思い浮かべる方が多いかもしれない。常識だと思われていたことが一気に覆ってしまうような事柄を指す言葉である。2018年の当社設立以降タレブから発想を得たのかとしばしば言われたものだ。
しかしながらこれは、米国セントルイス生まれのラッパーSminoのデビューアルバム“blkswn”(2017年)が由来である。元々母音抜き表現を好む、当社コンテンツディレクター若林の発案だった。
もちろん今やVUCAとも呼ばれる、不確実性が極めて高い社会において、今の当たり前を疑いあらゆる物事について「別のありようを再想像(Re-Imagine)する」こと、をミッションに掲げているように、様々なコンテンツを通じて多少なりともブラックスワンを予見できるような視座や視点を提示できればとの思いも込めている。手前味噌ながら出版社名としては悪くないのではないだろうか。
白鳥の羽衣
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松田 浩(まつだ ひろし)
フェリス女学院大学文学部教授・1995経、1999文修
14世紀に成った歴史書『帝王編年記』には、琵琶湖の北端にほど近い余呉湖を舞台とする白鳥にまつわる奈良時代の伝承記事の引用が遺されている。
8人の天女が白鳥となって天から舞い降りて、湖で沐浴をしていると、それを見ていた男が末妹の天羽衣を盗み、隠してしまう。姉たちは羽衣を身にまとって再び天へと帰ってゆくが、羽衣のない娘は飛ぶことができずに1人地上に残され、男の妻となる。
いわゆる羽衣伝説にあたる話だが、羽衣は単なる飛翔の道具ではない。白鳥として飛来し、衣を脱いでいる間は天女となり、再び衣を身につけて飛び去る。羽衣は天女が白鳥へと変身するための衣であった。
魂が白鳥となる例もある。『古事記』に見える英雄ヤマトタケルは死して後、白鳥と化してひととき河内国に留まった後に、天へと飛翔して去ったという。
遥か彼方より飛来して一時的に地上に留まり、やがて再び天へと飛び去ってゆく白鳥。古代の人々はそうした白鳥の姿に天上界と地上界とを往還する神々や霊魂の姿を見ていたのである。
白鳥の湖
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檜山 和久(ひやま かずひさ)
谷桃子バレエ団プリンシパル・2010文
「白鳥」から連想するものに「白鳥の湖」があると思う。言わずと知れたクラシックバレエの名作で、私のバレエ人生においても忘れられない作品だ。この作品で、私はバレエ団に所属して初めて主演を務め、終演後プリンシパルに昇格した。「白鳥の湖」には複数のシナリオがある。白鳥も王子も亡くなる悲劇的な結末も、悪魔を打ち倒し結ばれる幸せな結末もある。客席と団員からの拍手に包まれたあの時の感動。私の「白鳥の湖」は最高にハッピーな結末となった。
が、実はその時、私は体調不良と緊張で高熱を出していた。それを鎮痛剤と溢れ出るアドレナリンで踊り切った。ダンサーというのは、音楽がかかり、ライトが灯ると踊り出す生き物なのだ。一見優雅な姿でも、水面下でその足を絶え間なく動かす白鳥なのである。あの時体調が万全だったらと振り返ることもある。しかし同時に「何としてもこの舞台を踊り切る」という鬼気迫る高揚が今も忘れ難く心に残っている。
美と憂いのメロディー
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高橋 宣也(たかはし のぶや)
慶應義塾大学文学部教授
私をクラシック音楽の世界にいざなった、チェロがたおやかに歌うサン=サーンスの名曲「白鳥」。美麗極まるメロディーをこの水鳥はもたらしてきた。優美に水面を滑るその姿は、なにか理想化された美と想念の結晶のようにも見える。それ故か、どこかそこには儚さ、憂いもつきまとう。白鳥が霊妙なる存在として現れるワーグナーの「ローエングリン」しかり、チャイコフスキーの「白鳥の湖」しかり、シベリウスの「トゥオネラの白鳥」しかり。
今際の折に最も美しく鳴くという伝承は、バレエ作品「瀕死の白鳥」を生んだ。伝説のバレリーナ、パヴロワが、19世紀イギリスの詩人テニスンの同名の詩に触発されて振付家フォーキンにアイディアを出し、彼はサン=サーンスのかの曲を選んだ。原詩はテニスンがまだ若い時分の作品だが、弱った白鳥が哭する哀歌はやがて力を帯び、「異様なまでに高まる音楽となった喜悦の声」が辺りを満たす。「悲哀の裏に隠れていた歓喜」があふれ出るのだ。死に瀕した末期のうたにこそ、人は至福の声音を聴くのか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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土屋 繼(つちや けい)