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【From Keio Museums】うさぎの足あとを追ってたそがれの国へ

2023/01/17

「大免(手あぶり)」
H19.3cm X W23.0cm × D23.8cm
鏡花コレクション、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)蔵

丸々としたフォルムに短くふんばった前足が愛らしいこの陶器製のうさぎは、浪漫と幻想の世界を描いた文学者、泉鏡花愛用の手あぶり(火鉢)です。

慶應義塾大学三田メディアセンターには、遺族から寄贈された鏡花ゆかりの品々が収められています。2016年に丸善・丸の内本店で開催された展覧会「鏡花の書斎」には、文机、屏風や小箪笥といった調度品、文房具、自筆原稿、着物などが展示され、熱心なファンが連日足を運びました。そんな鏡花コレクションの中で異彩を放つのが、100点を超えるうさぎの群れ。指先ほどの小さいものから、手あぶりのような大きいものまで、木製、張り子、陶器、鋳物とさまざまな材質のうさぎのオブジェを、酉年生まれの鏡花は向かい干支のお守りとして集め、愛でていました。

泉鏡花は、草創期の「三田文学」に寄稿したほか、1923年には三田にあった大講堂で講演を行うなど三田にゆかりある作家ですが、その遺品が慶應義塾に寄贈された背後には、鏡花と三田派の文学者たち──水上瀧太郎、久保田万太郎との深い交流があります。とくに水上瀧太郎は、洋行で長く日本をあける際、盟友である久保田に、留守中に発表される鏡花作品をすべて確認して欲しいと頼み、さらに筆名を鏡花作品の登場人物から取るほどに鏡花に心酔していました。

KeMCo新春展2023「うさぎの潜む空き地」(1月10日~2月9日)では、鏡花のうさぎコレクションとともに、この水上瀧太郎が最初の世話人となった「九九九(くうくうくう)会」を紹介しています。九九九会は、水上瀧太郎、久保田万太郎、小村雪岱、岡田三郎助、里見弴らが集い、鏡花を囲んで開かれていた月例会。展覧会では、三田文学ライブラリーの資料や塾収蔵品を通じて、鏡花を取り巻く人々の交流を描いています。

ところで、「うさぎの潜む空き地」に潜むのはもちろん、鏡花のうさぎだけではありません。唐時代の銅鏡、ラテン語時祷書、前衛ダンスの舞台装置など、多様な専門領域から忍び出てきたうさぎが空き地に集っています。さまざまな同輩に囲まれた鏡花の手あぶりのたたずまいを、是非ご実見ください。

(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師 本間 友)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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