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【その他】
【社中交歓】卯

2023/01/20

卯の花料理一考

  • 高橋 典子(たかはし のりこ)

    料理研究家/ NIPPON おからプロジェクト代表・1958法

「卯の花」というと、晩春に咲く白い卯の花(ウツギ)を思い浮かべる人も多いだろうが、私にとっての卯の花は食べる方、つまりおからということになる。

天明3(1783)年に上梓された、日本初のベストセラー『豆腐百珍』の中に紹介されている卯の花料理には、「浅芽紅魚(あさぢだい)」「初霜」「待ち兼ねきらず」などの風流な料理名がついており、当時の趣味人に卯の花が親しまれていたことがうかがえる。

現在に至るまで伝承されてきた卯の花料理の中で、最も美しく繊細なものは何といっても「卯の花まぶし」であろう。お目にかかる機会もめっきり少なくなったが、おからを水に浸しながら二重に濾(こ)し、それを微粒状になるまで丁寧に鍋で炒ったものに醤油や酢、卵黄などで調味し、魚や野菜などに新雪が舞い降りたようにうっすらとまぶした和え物である。粉雪状の卯の花がまぶされた景色は上品で美しく、いわゆるおから料理の概念を転ずるものと思わされる。

卯年の本年、多くの方に卯の花を食していただく機会を増やすことが私の願いである。

リンネも見たウサギ

  • 須黒 達巳(すぐろ たつみ)

    慶應義塾幼稚舎理科教諭

これまでで一番多くのウサギに遭遇したフィールドといえば、英国オックスフォードのテムズ川のほとりだ。当地には幼稚舎の交流校、ドラゴンスクールがあり、私も5年前に交流の引率で訪れた。フリーの日曜日に、生き物を探して散策に出た。

博物学は欧州にその起源を持つ。生物に学名をつけて仲間分けすることを始めたのはスウェーデンのリンネだが、欧州には彼が名付けた生物が数多くいる。今、眼前にいる虫や鳥は、18世紀にリンネが見ていたのと同じものなのだと感慨に耽っていると、草地を駆ける小動物の姿があちこちで目についた。アナウサギだ。これも学名をつけたのはリンネ。「由緒あるウサギ」との邂逅に嬉しくなった。

ところが帰国後、アナウサギの本来の生息地はスペインなどで、英国には食用や狩猟のために移入されたのだと知った。残念ながらあの遭遇頻度は、在来の植物を食い荒らす外来種として蔓延った結果だったのだ。いつか本来の生息地で、周りと調和して振る舞うアナウサギの姿を見たいものである。

玄兎の使者たち

  • ピーター・バナード

    慶應義塾大学文学部助教

鏡・花。「鏡花水月」に由来するこの二文字が呼び起こすものは無論、その人次第である。『春昼・春昼後刻』の超越的に儚い幻想美、『婦系図』の人情的メロドラマ、『尼ヶ紅』の憎悪とホラーなど、泉鏡花という作家は知れば知るほど多様性に富んだ存在であったように感ぜられる。

もう1つの側面は、キュートなグッズのコレクターであったこと。鏡花は、向かい干支に対する信念が切っ掛けで兎の玩具を蒐集し始めたとされているが、亡き母への思いにも強く繋がる趣味でもあった。

が、泉鏡花宅はこの兎たちの夥しい顕現のために、どうやら可愛く賑やかな雰囲気となっていたように想像すらできる。現代文学だと、おどろおどろしさならば金井美恵子の『兎』、驚異の幻想味ならばケリー・リンクの『石の動物』といった作品が、鏡花世界と通ずるところがあると個人的に思うが、その共通点は兎にはない。作品の崇高な恐怖感と、趣味の可愛らしさとの間に感ずるギャップはまた、鏡花の創造的天才を証拠立てるものなのかもしれない。

ミッフィーは心の鏡

  • 千田 憲孝(ちだ のりたか)

    慶應義塾大学名誉教授

愛くるしいうさぎのキャラクターとして人気のあるミッフィー(本名:ナインチェ・プラウス)は、1955年、オランダで生まれた。

現在私の家には数多くのミッフィーがいる。カレンダーはもとよりタオルや食器、箸置きにもミッフィーがいるし、定年退職の際に研究室の同窓生から頂いたぬいぐるみも座卓の上に鎮座なさっている。

ミッフィーとの出会いは彼女のポスターを見た時だった。鮮やかな赤色の背景に単純な曲線で描かれたミッフィーはもちろん可愛いのだが、引き込まれたのは彼女の醸し出す雰囲気である。他の動物系キャラクターは豊かな表情を湛えていることが多いが、ミッフィーは違う。何を想っているのかが直接には伝わってこない。しかしそれゆえに、見る人のその時の心の状態がミッフィーの表情に鏡のように映し出される。嬉しい時は一緒に喜んでくれているように見えるし、悲しい時はなぐさめてくれているように感じる。そんな不思議な「心を映す鏡」で癒しを与えてくれるのがミッフィーなのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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