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【KEIO Report】「慶應義塾大学学術データ管理・利活用ポリシー」の策定

2022/11/23

  • 倉田 敬子(くらた けいこ)

    慶應義塾大学文学部長

2022年7月に慶應義塾大学学術データ管理・利活用ポリシーが策定されました。これは慶應義塾大学での研究において生み出され、また研究において利用される「学術データ」を適切に管理、保存し、可能な限り社会に開かれた形でオープンに利活用できるようにするための指針となるもので、研究連携推進本部が立ち上げた研究データ特別委員会で作成いたしました。ここで学術データとは、研究において実施された実験や観察の生データ、インタビューの音声データ、自分で収集してはいないが分析した政府の統計データなどが対象となります。

なぜこのような学術データに関するポリシーが必要とされるようになったのかは、学術研究活動において現在起きている大きな変容について理解する必要があります。その変容とは、デジタル化を前提とした「オープン」を目指す動きです。社会全体でもデジタル化が進みつつありますが、学術研究分野は社会一般よりもより早い時期からデジタル化が進展した領域です。研究における実験や観察のプロセスが自動化され、結果や分析がデジタルで処理されることはレベルの差はあれ、多くの分野で広がっています。研究成果の情報源である学術雑誌論文は、主要なものはほぼ全てが電子ジャーナルの形で流通しています。

このような研究活動の全面的なデジタル化を前提として、学術コミュニケーションにおいて近年大きな関心を集めているのが、オープンアクセスとオープンサイエンスです。オープンアクセスとは、学術雑誌論文を無料でアクセスできるよう自由に流通させようという運動です。2000年頃から電子ジャーナルが普及していく際に、高額な一括契約(Big Deal)の形式が広まり、多くの大学図書館が図書予算や他の研究費から費用を集めてこないと学術雑誌を契約できない状況に陥り、大学によっては購入する雑誌が減少していきました。本来、学術情報は公的な性質をもつもので、その情報を必要とする研究者には自由にアクセスできるようにすべきだという理念があります。その理念に基づき無料での論文へのアクセスのための多様なシステムが生まれてきました。

さらに最近では、研究成果としての論文をオープンにするだけでなく、その論文の元となった研究データも公開、共有すべきであるという主張が広がっています。これはオープンサイエンスという新しい形での研究のあり方を模索する中での出発点といえる考え方です。オープンサイエンスとは何かについては、未ださまざまな議論があり、定まった定義がありませんが、そのエッセンスとしては、研究の全てのプロセスがデジタル化し、あらゆる情報を共有しながら研究を進めていくことを理想とします。つまり、研究のアイデアや計画段階から、観察、実験、調査の実施、そのデータの処理・分析・解釈、多様な形での成果のまとめと公表、それら全てのプロセスがインターネットやクラウドを通じてなされるというイメージです。もちろん、現在それが実現されているわけでもありませんが、その第一歩が、これまで学会発表、雑誌論文、図書という、成果の形でしか相互に共有してこなかった知識について、研究プロセスと密接に結びついた「データ」の保管、公開、共有を実施していこうという動きです。

研究データが重要であることは以前から認識されていました。日本のDDBJ、米国のGenBank、欧州のEMBLという国際協力に基づく遺伝子塩基配列データを登録、公開、利用できるデータベースは1980年代に開始されており、研究データの共有の成功した事例として有名です。現在の社会生活を根本的に変化させてしまったCOVID‐19に関しては、多くの有料論文が無料で公開され、研究データの国際的な共有もなされています。慶應義塾大学の金井隆典医学部長がその立ち上げに尽力された「コロナ制圧タスクフォース」でも多くの大学や病院の協力の下、研究データを共同で分析する作業がなされています。

現在の動きは特定の研究領域に限定されることなく、世界中のあらゆる領域における研究データを適切に管理、保管し、可能な限り公開することで、これまで考えられなかったようなアプローチによるデータの再利用を促し、イノベーションの創出を志向するものです。日本においても遅ればせながら、大学をはじめとする研究機関に対して、研究データの管理、保管、再利用を支援するための研究データポリシーの制定が義務化されました(第6期科学技術・イノベーション基本計画)。今回の慶應義塾大学学術データ管理・利活用ポリシーはこのような背景に基づいて制定されたものです。

具体的には7項目が挙げられています。項目1で学術データの範囲が学術研究を目的として利用されるものと広く定義した上で、慶應義塾として、学術データを可能な限り保存し、データ作成者の意向を尊重し、多様な要因を考慮した上で、可能な限り利用を促進できる基盤の構築を行うとしています(項目2、3)。一方で、研究者は法令、研究分野の慣習などを踏まえて、研究データ管理計画を策定し、データが検索できるように必要なメタデータを作成し、適切に保管した上で、可能な範囲でのデータ公開が求められます(項目4)。ただしそれは研究者だけに課されたことではなく、慶應義塾は所属する研究者が行うこのようなデータ管理、保管、公開を支援することも明記しています(項目5)。さらにポリシーは慶應義塾全体の指針を示したものなので、具体的な運用方針は、学問領域の慣習を考慮して、各部門が作成することとなっています(項目6)。研究データに関する動向は近年めまぐるしく変化しており、その変化に応じたポリシーの見直しは必要であることを明記しています(項目7)。

伊藤公平塾長は「研究データは次世代への贈り物である」と述べられています。このポリシーが多くの方々への「贈り物」が準備されるきっかけとなることを祈っております。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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