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【ヒサクニヒコのマンガ何でも劇場〈特別編〉】我々の時代

2022/09/15

  • ヒサ クニヒコ

    漫画家・塾員

思えば変な表題だ。いつだってその時代に生きている人にとっては我々の時代なのだから。それでもあえて我々の時代としたのは、今がいかにも時代を作っていく一瞬一瞬なのだという実感がしてならないからだ。

明治以降の近代史の中だけでもたくさんの暗殺や戦争、疫病の流行などがあった。当時は宣戦布告という制度の下、自分の国の要求が通らなければ、これから戦争するぞと言って戦争を始めるのが国際間のルールだった。

今の憲法9条はその権利を放棄するという画期的なというか、国家としての資格がないよといったような敗戦国にあてがった憲法だった。戦後の日本はいわばその憲法を逆手にとって、軍備にお金をかけずに済み、近隣で起きた戦争にも加担せずに経済的発展を遂げることができた。まさかもう日本と戦争は9条がある限り関係はないというのが染みついた実感だろう。

実感といえば、これだけ近代医学が発達し清潔な環境を作り出した今の日本で、かつてのスペイン風邪のような新型コロナが大流行するというのも、まったく想定外だろう。スペイン風邪ほどではないが世界で死者約600万人、日本だけでも約3万人(2022年7月現在)という大疫病だ。こんな歴史年表に載るような大流行が起き、みんながマスクをつけなくては外出できない日常が目の前で起こるなんて想像もしていなかっただろう。まさしく我々の時代に起こっている事案である。

そしてもう1つ目の当たりにしてびっくりしたのがロシアのウクライナ侵攻だ。まるで歴史の教科書の中で見るような戦争が始まった。ロシアは演習と称して大規模に軍隊を国境周辺に集結させ、これ以上NATOに近づくな、などのいちゃもんを突き付け、ウクライナは欧米の応援をあてにした強気で対応したらいきなり戦車とミサイルだった。

そしてもっと身近でショックを与えられたのが参院選中に起こった安倍元首相の銃撃事件だろう。銃が厳しく規制されている日本では反社会勢力のいざこざ以外でめったに発砲事件は起こらない。まして厳重に警備されている、ある意味人気者の安倍元首相がいとも簡単に撃たれたのだ。警察の方がもっと驚いたかもしれない。非常に甘い警備だったのだから。

さてこれからが本題だ。これらの事件はまさに「我々の時代」に起こったのである。ウクライナの戦争はロシア、ウクライナ、双方の映像がフェイクも含めて大量に瞬時に世界中を駆け巡った。市民たちがスマホで撮った映像はもっともリアルに現地の状況を伝えてくれる。市民が暮らす集合住宅やスーパーマーケットに容赦なくミサイルや砲弾を撃ち込むロシアの蛮行には世界が目を剝いた。ドローンが映し出したロシアの戦車の車列が燃え上がる姿や大型のミサイル巡洋艦を沈める映像も世界にさらされた。ロシアも対抗して平和な進駐軍を演出させた映像を流す。まさしく我々の時代だからこその映像合戦だ。この映像効果でウクライナにどれだけ支援が集まったことか。しかしウクライナにもっと戦えと武器を援助すればそれだけ死者も増えることになる。戦争はどちらかが勝つか、戦が均衡するかしないと終わらない。

新型コロナの流行も我々の時代ならではの大騒ぎだった。ネット上の大騒ぎだ。新型コロナはどこから始まったか。どう広がったか。新聞などのマスコミが検証した情報だけを流すのに対して、ネット上にはありとあらゆる真贋交えた情報が飛び交った。アメリカの元大統領のトランプまでそれに加わっていたのだからかなわない。

中国の武漢から始まって、野生の蝙蝠を食べたのが原因だ、いや武漢にあるウイルス研究所から流出したのだ、いやわざとやったに違いないなどの陰謀説まで加わって姦しいこと。ワクチンがやっと出始めると、新型コロナそのものがワクチン会社の陰謀だったという説から、ワクチンを打つと体内の情報が政府に筒抜けになるという突拍子もない説まで流布。まだ十分に検証の済んでないワクチンは打たないほうがいいと真面目に運動を起こす人たちもいる。医学が進んで科学的な時代になったと思っていたが、新型コロナもワクチンも実態はよくわからないままだ。何を信じるか、誰を信じるか、そんな時代だとしたらなんか恐ろしく感じる。ワクチン反対を信じる人はワクチン会場に妨害に来るくらいなのだから。

安倍元首相の狙撃事件は、それこそテレビカメラや多数のスマホの前で起こった事件だ。この事件も挙げてみればおかしな所だらけである。ネットはたちまち爆発状態だった。奈良県警の最初の発表が「母親がある宗教団体に……」と元統一教会の名前を伏せたのも輪をかけたようだ。最初の1発目では白煙が上がり何かの爆発に思えて皆きょろきょろ。安倍さんも「おやっ」と振り向いたところに2発目が発射されたその間3秒。でもSPは安倍さん保護より犯人に向かっていった。防弾アタッシュケースも持ったまま。安倍さんの後ろは交通も止めず全くオープン状態。犯人が至近距離でカバンから真っ黒な40センチもある怪しげなものを取り出すのに全くノーマーク。奈良県警の全くの凡ミスなのか、陰謀説が騒ぎ出すわけだ。

自作の銃も出来すぎだ。見かけは悪いが性能はばっちり。火薬を使うのは実は大変に難しい。量を間違えればパイプが爆発して自分がやられてしまう。銃の作り方や火薬の入手はすべてネットで行った、というのがまさに我々の時代だ。発射にちょうどいい火薬の作り方や入手方法、鉄パイプの尾栓の止め方、電気着火の方法、鉄の球体を使った散弾の作り方、腰だめの射撃スタイル、すべて半年くらいで完成するものだろうか。しかも命中箇所がまさにプロ並みだ。これではこれからも色々な陰謀説が出てくるに違いない。

一方でこれらの陰謀説を利用して、自由な論説に規制をかけようという動きもあるのが怖い。いくら陰謀やフェイクが混ざっていようとも、我々は物事を多角的に見て聞いて考えることを忘れてはいけない。まさに我々の時代の出来事なのだから。自分にとって心地よい、あるいは都合のいい情報だけで自分の世界を作ってしまうのが一番怖いのかもしれない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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