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【社中交歓】蟬

2022/07/20

蟬丸と関蟬丸神社

  • 髙田 満彦(たかだ みつひこ)

    近江慶應倶楽部会長、龍谷大学教授・1979文

夏の神社の朝は蟬の声で始まります。「蟬丸」――この一風変わった名を持つ御仁は、平安時代の歌人で琵琶の名手として知られており、醍醐天皇の皇子とも、宇多天皇の皇子敦実親王(あつみしんのう)の雑色(ぞうしき)とも言われています。芸能の祖神として崇められた蟬丸を祀る蟬丸神社は、大津と京の都を結ぶ旧東海道沿いの逢坂関(おうさかのせき)近くにあります。江戸時代には諸国の説教者(雑芸人)を統括し、全国で芸能を披露できる免状を発行していたため、多くの芸能関係者でにぎわいました。

この蟬丸神社も近年は社殿の損傷が激しくなり、2015年には復興を期して「関蟬丸芸能祭」が始まりました。今年は神社の創建1200年に当たり、昨年有志が社殿の修復費用3000万円をクラウドファンディングで募りました。蟬丸という人間の極めた一つの芸能をきっかけとして、神社の復興に地域の人たちが一丸となった取組みです。ただ、現在までに集まったのが約700万円。大変厳しい状況です。

蟬丸さんがお社で叫んでいるかもしれません。「あと2300万円、なんとかならへんかいなー!」

蟬の抜け殻の真価

  • 小林 慶行(こばやし よしゆき)

    株式会社キュライオ 執行役員CSO・1986理工、88理工修

虫が苦手な私の元にも、蟬の鳴き声が届く季節になり、コロナ禍で始めた散歩の途中ではその抜け殻を発見し、ギョッとする日もあります。

蟬は、3年から長いもので20年近くも地中で過ごします。その抜け殻は、無事に羽化できたという証であり、風水の世界ではラッキーアイテムとして扱われるそうです。過日の大河ドラマにも登場した蟬の抜け殻に目を向けてみましょう。

蟬の抜け殻は漢方の世界では、「蟬退(せんたい)」と呼ばれ、古くから止痒、解熱、免疫強化などの効能がある生薬として用いられています。その成分を調べてみると、カニやエビなどの甲殻類の殻と同様、グルコサミンが沢山繋がったキチンという物質からできていることがわかりました。テレビCMでもお馴染みの、あのグルコサミンです。このグルコサミンやキチン、実は、現在巷で使われている抗インフルエンザ薬の大元の原料でもあるのです。夏の風物詩である蟬の抜け殻から、冬の代名詞であるインフルエンザの治療薬ができる。何とも不思議な関係性ですね。

セミの声 セミの翅 歳月

  • 鳥居 隆史(とりい たかし)

    慶應義塾高等学校教諭、慶應義塾大学自然科学研究教育センター所員

夏、日吉はセミの合唱で溢れる。メインはアブラゼミとミンミンゼミ、季節によってはツクツクボウシが、夕刻ならヒグラシが主役。減少傾向のニイニイゼミを採集したのは4年前。生物学研究会の部長として生徒達とよく蝮谷でセミ等を採集した。

多くの読者にとってセミの記憶とはその鳴き声と幼い頃のセミ捕りだろうが、私は異なる。昆虫の系統分類学で博士の学位を取得しているからだ。専門はセミではないが、昆虫全体の比較形態ではセミも含めた各種昆虫の体各部を詳細に探究した。その中の翅について記す。昆虫の翅には多くの線がある。これは翅脈(しみゃく)と言い原則として一本一本に全て名称がある。各脈の分枝・合流、長さの比には無数のパターンが存在し、種を見分けたり類縁を探る時の鍵となる。この事を卒業研究で翅脈を選択した生徒達に、ヒグラシの翅を観察させつつ教えると皆驚く。

昆虫を見つめて40年の歳月が過ぎ、気が付けば来春は定年である。だが昆虫分類の研究は生涯続くのであろう。セミの大合唱を聞きつつ、そう思う。

謎の「縄のれん」精子

  • 上村 佳孝(かみむら よしたか)

    慶應義塾大学商学部准教授

「ジーワ ジーワ ジーワ ジーワ」

私が学生時代を過ごした東京都立大学(八王子)の斜面緑地では、夏の夕暮れ、ヒメハルゼミの大合唱が不意に始まる。このセミのオスは同調して鳴く習性を持ち、カシの森全体が脈動して鳴いているような、不思議な錯覚に包まれる。

卒研生の頃、昼夜を問わず、この森で様々な昆虫を採集しては、研究室に運んでいた。実質的指導教官であった当時の助手の先生が、ありとあらゆる昆虫の精子を顕微鏡で見ていたからだ。

面白いことに、セミの仲間の精子は単独ではなく、タンパク質の長いロープに整然と並んだ、「縄のれん」のような状態で、メスへと渡される。ロープはメスによって消化されるため、栄養になっている可能性はあるが、それ以上のことはわかっていない。

幅広く様々な生き物を眺めることの面白さと大切さ、そして、謎解きの難しさを知った。あれから約4半世紀、かの先生は定年を迎えようとしているが、ヒメハルゼミの合唱は今年も聞こえるのだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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