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【その他】
【社中交歓】わさび

2022/02/08

「わさび」は安曇野の宝

  • 深沢 賢一郎(ふかさわ けんいちろう)

    松本三田会会長・1962文

大正4年、JR大糸線に穂高駅が設けられ貨物便で東京との交流が容易になったことから、地域産業にも画期的な展望が開かれました。そして北アルプスの山麓地帯に降った雨や雪が平野部に出て、犀川や高瀬川となって流れる扇状地の末端に、豊富に湧き出る清冽な地下水に着目、わさびの農園が開かれました。代表的な開発者は、「大王わさび農場」の深澤勇市です。氏は300戸におよぶ共有地の地権者を廻り説得し、地域伝説になっている「八面大王」の生まれ変わりのように獅子奮迅の働きをし、河砂利を引き揚げて堤防とし、片や「わさび田」とし、護岸とわさび栽培の両面にわたる事業を行い、耕作に適さない土地の有効活用の道を拓いたのでした。また美しい安曇野は、等高線にそって江戸時代からの2本の堰(せぎ)が拓かれています。その田園風景や、碌山(ろくさん)美術館をはじめ、文化・芸術のロマンの香りに満ちた地域でもあります。松本から安曇野へドライブ&散策してみませんか?

食魔・魯山人とわさび

  • 佐々木 秀憲(ささき ひでのり)

    元川崎市岡本太郎美術館学芸員・1986文、89文修

岡本かの子の小説『食魔』は北大路魯山人がモデルだ。かの子の舅・可亭は魯山人の版下書きの師匠、夫で漫画家の一平は同世代の飲み仲間、息子で前衛芸術家の太郎は毒舌の相手。3代の付き合いだった。書に食に陶芸にと活躍した魯山人だが、かの子はその実像と本質を鋭く描写している。

1921年には京橋に美食倶楽部、25年には赤坂に星岡茶寮を開業し味道を究めた。作陶は「器は料理の着物」の理念による。1951年には北鎌倉自邸内の夢境庵にイサム・ノグチと山口淑子夫妻を住まわせ、ノグチを介して魯山人の名声は欧米にも伝わった。1954年、パリのレストラン「ツール・ジャルダン」では特上の鴨料理を、持参した薄口醬油とわさびで味を直して食し店員たちを唸らせた。漫画「美味しんぼ」の海原雄山のモデルも魯山人と聞く。

『食魔』では主人公の料理に対し登場人物に語らせている。「御主人に申すが、この方が、よっぽど、あんたの芸術だね」。味こそは魯山人の神髄、わさびはその肝だったのだろう。

わさびにみる多様性

  • 森下 直也(もりした なおや)

    Tokyo Sushi-Making Tour 代表・2010経

「ダイバーシティ」は「多様性」と訳されることが多いが、「自分がありのままに感じる幸せが尊重されること」と私は解釈している。非常識・少数派であろうと、自分が感じる幸せを信じよう、隣の人が感じる幸せを共に祝おう、ということなのだろうと。

私が外国人向け寿司教室を開講した頃、「Wasabi」という単語がどの国の人にも通じることに驚いた。「Sushi」の世界的流行によって、いつしかわさびも世界中で食べられるようになっていたのだ。ただ、わさびの食べ方は、国によって大きく異なるようだ。

日本では、香りを味わうため、わさびを醤油に溶かさないのがマナーとされるが、ある国では、大量のわさびを醤油がドロドロになるまで溶かして寿司を食べるのだという。美味しいのかと聞けば、それが一番美味しい食べ方なのだと。そんな食べ方はマナー違反だと批評する人もいるが、本人が幸せなのであれば、それでいいのではないか。

「違い」を「面白い」と感じること。それが「ダイバーシティ」の本質なのだろう。

ワサビの鼻にツーン、化学する

  • 須貝 威(すがい たけし)

    慶應義塾大学薬学部教授

辛味成分は、お酒のアルコールより炭素原子が一個多い「ニョロ」に「ツーン」が結合している。蒸発しやすく口に含むと鼻にくる。唐辛子や胡椒の辛味には大きな「亀の甲」が含まれ蒸発しにくく、熱い感覚に訴える。ワサビと西洋ワサビは同じ「ニョロ」「ツーン」だが、遠い親戚のダイコンの辛味は「オマケ+ニョロ」「ツーン」でテイストが異なる。

ワサビの辛味はすぐに飛んでしまうが、デンプン由来で安全な「カゴメカゴメ」物質の中に閉じ込めることができ、手軽に楽しめる。一方、「ニョロ」「ツーン」をシートから徐々に放出し、ばい菌の繁殖を抑える食品保存材料が実用化されている。

ところで、縁戚関係にないタマネギの催涙成分が、実は似た構造を持つ。「ニョロ」「泣かない」→「ニョロ」「泣きそう」→「ニョロ」「涙」に到る最後の段階が日本人研究者によって解明され、2013年イグノーベル賞(化学部門)に輝いた。ワサビの旬は2月、「サビ抜き」ワサビを鼻で想像すると、涙で雪も氷も溶けるだろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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