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【その他】
【社中交歓】『寅』

2022/01/21

旅の道連れは寅さん

  • 岡村 直樹(おかむら なおき)

    旅行作家・1971政

「川の旅人」と称して全国津々浦々を旅してきた。世間並みの収入を期待できぬ稼業に駆り立てた“元凶”は、映画「男はつらいよ」シリーズの主人公・車寅次郞である。渥美清扮する寅さんは、故郷の葛飾柴又にはめったに寄りつかぬ、旅から旅へのしがないテキヤ稼業だ。

彼は、42作「ぼくの伯父さん」において、一世一代の名セリフを吐く。佐賀県の旧家の主婦(檀ふみ)との会話。「寅さんこれからどちらへ?」「そうですねえ、風の奴が…東から西へ吹いてますんでね、西の方へでも行きますか」「わあーっ、私もそがん旅がしてみたか」。

何物にも束縛されず、風のように自由なこんな旅のスタイルが世の中にあるのか。どうして家庭にぬくぬくとしておれようか。小生も寅さんとほぼ同業の世界に身を投じたのだった。以来、安宿の天井に這う滲みを眺めつつ、旅を重ねてきた。

寅年に便乗して、3月に『寅さんの「日本」を歩く3』を上梓する。旅の友としていただければ幸いである。

武田信虎へのまなざし

  • 丸島 和洋(まるしま かずひろ)

    東京都市大学共通教育部准教授・2000文、2005文博

1541年、甲斐の戦国大名武田信虎は、嫡男の信玄によって甲斐から追放された。当時の記録は、甲斐の民衆が追放劇を喜ぶ様子を記している。

信虎は暴君と呼ばれるが、様々な悪逆伝承は江戸時代以降の創作である。信玄の実父追放を正当化するために、彼は悪人でなければならなかった。

実際の信虎は、若干10歳で家督を継ぎ、翌年には叔父を滅ぼして武田氏の内部抗争に終止符を打った。信虎の軍事力を支えたのは、創設した直属の足軽部隊である。武力一辺倒でもなく、経済封鎖も活用した。1522年に甲斐統一を成し遂げた信虎こそが、戦国大名武田氏を創り上げたのである。

その最大の功績は、1519年に新たな本拠甲府を築いたことだろう。甲斐国の府中(国府)、即ち甲府という命名に、彼の意気込みが顕れている。

国外出兵も順調であったが、天災による不作が2年続き、膨大な餓死者が出ていることを、信虎は甘く見ていた。政権交代による現状打破を求めた甲斐の人々にこそ、信虎は足元を掬われたのである。

虎ノ門には龍もいる

  • 龍 信之助(りゅう しんのすけ)

    医療法人社団RMDCC理事長、虎ノ門ヒルズ歯科・医科・龍クリニック院長・2007医博

第二種市街地再開発により縁あって虎ノ門での開業となった。虎ノ門ヒルズの管理者に就任した森ビルは、都市計画に寄与している不動産開発が多い。

こういった再開発事業は、狭小な土地を垂直的に開発する結果、短期間で人口の増加が起こる。診療圏の確保は大規模再開発の最大のメリットである。

この地域での開業にあたり目指したのは「病院のハードルを下げる」こと。私は気軽に相談ができ、気楽に受診ができる、そんなクリニックを目指している。6月からは歯科のみでなく医科の標榜も始めた。

2023年には虎ノ門・麻布台の再開発地域に慶應義塾大学病院予防医療センターが拡張移転する。

慶應、森ビルのブランド力のタッグにより、未病の患者様のアクセスが容易になり、疾患の早期発見、早期治療というメリットを生むであろう。

関連医療施設への診療ネットワークの構築が可能となれば、難しい今日のクリニック運営において、かかりつけ医への紹介も期待される。

新事業に挑む慶應義塾大学病院に期待したい。

虎づくし

  • 吉永 壮介(よしなが そうすけ)

    慶應義塾大学文学部准教授

中国古典の世界では、人間社会とのわずかな隔壁で虎が跳梁(ちょうりょう)する。武松(ぶしょう)は山中の虎退治で名を揚げ(『水滸伝』)、関羽・張飛ら5人の忠義の猛将は「五虎大将軍(ごこだいしょうぐん)」と敬い称された(『三国志演義』)。虎の如き膂力(りょりょく)を誇りながらも、ぼんやりとしていたので「虎痴(こち)」と呼ばれたのは許褚(きょちょ)である(『三国志』)。虎は獰猛で油断ならない一方で、思慮に欠ける間の抜けたイメージもあればこそ、虎の威を借る狐(『戦国策』)のエピソードが成立したのであろう。

3人寄れば市虎(しこ)を成(な)す(『韓非子』『戦国策』)という成語がある。街なかの市場に虎がいるはずはないが、三人の者が次々と「市場に虎がいたぞ!」と叫べば、思わず信じてしまう。どんなにありえぬことでも、大勢の人が言うと信用してしまうことの謂(い)いである。虎穴に入らずんば虎児を得ず(『後漢書』)の心意気で、虎視眈々(『易経』)と功名の機会を窺うのは悪くはない。しかし、勢い余って三人市虎(さんにんしこ)の フェイクニュースに踊らされることなきよう、現代社会に跋扈(ばっこ)する虎にも用心が必要か。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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