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【社中交歓】ラベンダー

2021/07/01

(7月が花の見頃)

ラベンダーの香り

  • 海野 隆雄(うみの たかお)

    長谷川香料株式会社代表取締役社長・1970経

ラベンダーと聞いて真っ先に思い浮かべるのは富良野の平野に咲き誇る紫色の花の絨毯であろう。その香りはジャスミン、カモミールなどの花々と同様に、心を癒し、リラックス、リフレッシュさせる効果があることで知られている。

香料の世界では花から抽出される精油は天然香料として大変重宝されている。花の香気成分を水蒸気に閉じ込めて抽出すると品質の高い精油が採れるが、ラベンダーの場合1キロの花から採れる精油は5グラムに過ぎない。そしてこの中には300種類以上の香気成分が含まれている。その骨格を成すのはアールグレイ調の香りであるが、それに加えて松茸様の香りや桜餅様の香りなどが複雑に混ざり合っている。香りのプロフェッショナルであるパフューマー(調香師)はラベンダーの香りを「フレッシュで力強く男性的」と表現している。

また夏がやって来た。ラベンダーのほのかに甘さのあるハーブの香りはさわやかな初夏の風を感じさせてくれる。

農業が観光になった日

  • 中田 美知子(なかた みちこ)

    札幌大学客員教授、元FM北海道常務取締役・1972文

少女の頃、憧れた香りにラベンダーとヘリオトロープがある。どちらも小説で知ったもので、ラベンダーは時間旅行する寸前に漂い、ヘリオトロープは探偵が犯人を捜す手がかりだった。昭和47年、私は単身北海道で就職し、憧れは現実に近づいた。放送局の先輩は、「一面のラベンダー畑は刈り取られ、一夜にして消えるのさ」と教えてくれた。当時、富良野のラベンダーはオイルを抽出する「農業」だった。実際には、冬季五輪が開催されたこの年あたりから、安価な輸入香料に押しやられ国産ラベンダーは苦難の道を歩んでいた。ファーム富田の富田忠雄さん(故人)は農業に限界を感じ、トラクターで畑に梳(す)きこもうとした時、植物の悲鳴を聞き作業を中断したと話している。やがて1人のご婦人がやって来て「匂い袋を作りなさい」と言って消えた。その旅人はラベンダーの化身だったのではと、彼は言う。こうしてラベンダーはポプリやサシェとなって北海道を象徴する存在となった。ラベンダー畑には、聞かせたい物語がたくさん眠っている。

街も淡紫色に染まる

  • 佐藤 篁之(さとう ひとやす)

    編集者・1982文

どこまでも広がる真っ青な空の下、一面紫の絨毯はラベンダー畑だ。初夏の南フランス風物詩。もちろん野生のラベンダーも多い。はや30年近くも前、世界的な大ベストセラーとともに日本までブームに巻き込んだプロヴァンス地方の内陸部、たとえばセザンヌが生涯描き続けたサントヴィクトワールの山麓などには、野生種がいくつも茂みをつくる。

きっとアロマなどで経験した方も多い微かに甘くウッディな香りが特徴。リラクゼーションや鎮静効果、呼吸器系や皮膚トラブルにまで効く万能薬でもある。最高の産地とされる南仏では、この時季、方々で収穫祭「ラベンダー・フェット」が華やかだ。村々が爽やかな香りに包まれ、このときばかりは旅行者と近隣から押し寄せた大人数の人いきれでむせかえる。しかし翌朝にはまた静かな村が戻って来る。

そういえば、あるときパリからプロヴァンスへ入った翌日、ゼネストで飛行機もTGVも止まってしまった。広大な陸の孤島!? ちょうど盛りのラベンダー色の大地を、図らずも独占したものだった。

香りに導かれて

  • 田中 美怜(たなか みさと)

    AKEBONO TEA 株式会社代表取締役・2015商

「日本文化に馴染み深いのに、日本茶がさっぱり店頭に並んでいないのはなぜか」──8年前、パリ政治学院へ交換留学した。キャンパスのあるサンギヨーム通りから程近い老舗百貨店、ボンマルシェを散策して抱いた小さな疑問が、5年以上を経て起業へと駆り立てた。その立役者は、旅先の南仏はプロヴァンス地方で目にしたラベンダーだった。

燦々と射す太陽がミモザやブーゲンビリア、そしてラベンダーを照らす。都心に慣れた目には特に鮮やかに映った。紫色の絨毯が視界一面に広がり、その中にぽつんと建つ石造りの家。ゴッホもこのような風景に魅せられて、アルルに腰を据えたに違いない。

仕事のストレスを忘れたいときには、蒸しタオルに精油を垂らして顔を覆い、何も考えない時間を設ける。最近は、学生時代と較べその香りにより感動を覚えるようになった。

ラベンダーには「ありのままの自分で」というメッセージがあるらしい。或いは、時を経て自身と上手く向き合えるようになった証なのかもしれない。



※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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