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【Keio Report】 コロナ禍の学生のメンタルケア──学生相談室の1年

2021/04/22

閉鎖中の日吉キャンパス(2020年4月)
  • 安藤 寿康(あんどう じゅこう)

    慶應義塾大学学生総合センター学生相談室長、文学部教授

全人類の日常生活を混乱の渦に巻き込んでいる新型コロナウイルスに、慶應義塾大学はどのように向き合ってきたか。学生相談室から垣間見たこの1年の様子をご報告したい。

大型客船で感染が報告された昨年2月の時点ではまだ対岸の火事と思われたコロナは、またたく間にわれわれの社会に侵入し、義塾でも3月の卒業式がオンライン開催となり、4月7日にはキャンパスが閉鎖された。カウンセリングはその性質上、相談室内での対面による相談を原則としてきたので、その活動基盤を奪われた状態になった。

まず頭をよぎるのが、つい先日まで面接していたクライエントの学生たちのいまの様子、そして新学期の新しい環境に戸惑っているであろうまだ見ぬ学生たちである。いくら優秀な学生が集う慶應義塾でも、だれもが強靭な精神で合理的な思考ができるわけではない。「光あふるる三田の山」の輝きが心にひと一倍濃い影を落とすこともある。学生相談室では三田・日吉・矢上・芝共立の4キャンパスで、毎年約千人の学生に対して計4000回を超す面接を行っており、特に4月は200件ほどの申し込みがある。この突如見舞われた非常事態の中で何ができるか、専任スタッフたちは連日メールや電話(そのときはまだweb会議慣れしていなかった)で「いまできること」を考案した。

まずホームページ上に「カウンセラーからのメッセージ:いま、あなたが感じているストレスや不安について」と題して、いまの不安が自分だけではないこと、その状況を客観的に見直し、ストレスにどう対処するかを説明するオンライン素材を作成し、4月28日に配信した。また4月24日からは電話による相談を、カウンセラーが出勤できる限られた日にちの中で開始。始めは三田と日吉で週に各1日だったが、すぐに5分おきに電話が鳴るくらい相談件数が増加し始めたことから、日数を徐々に増やしていき、7月までに三田・日吉で週4日の開室とした。その間、5月末には大学から携帯電話を貸与してもらって自宅待機のカウンセラーも相談ができるようになり、6月以降はweb相談の本格運用も始まっている。入国できない留学生との国際電話による相談も行った。

学生からの相談内容でやはり特筆すべきなのは授業のオンライン化に伴う悩み苦しみだった。1回の学習量が多い上に重い提出課題が課せられてこなしきれない、あるいは逆に簡単すぎる課題に学習の意味が見出せない。決まった時間でなくとも好きなときに視聴できるオンデマンド教材を配信する授業も多いため、視聴せずに溜め込んで身動きが取れなくなるなど、ふつうならば学生同士でやり方(や手の抜き方)を真似しあったり愚痴を言い合ったり、教員に相談したりして対処できていたこともできなくなった。こうした問題は特に新入生に顕著で、期待していたキャンパスライフが突然遮断され、友だちもできない、サークル活動もないその閉塞感には厳しいものがあった。保護者からの「退学すると言い出した」「自殺するかもしれない」という声も寄せられ、われわれの危機意識も高まる。

一方で6月を過ぎると、新入生も授業パターンが把握できるようになり、徐々に気持ちが落ち着いてきたという声も聞こえるようになる。よく言われることだが、このコロナ状況下、オンライン社会化が進むにつれ、その環境に不適応を起こしメンタルヘルスが悪化する人と、逆に苦手な社会関係を遮断するきっかけとなってかえってメンタルヘルスが改善される人が生まれ、その差が時とともに広がっていく様子を垣間見ることになった。

突然のオンライン授業に戸惑っていたのは学生側だけではない。私自身もそうだが、学生を相手にしたライブが行えない状況での教育環境の設計は、ZoomやWebexの使い方をはじめ、ほとんどゼロから始めねばならない。オンデマンド教材作り、提出された課題への応答、それらが来る日も来る日も繰り返され、鈍いボディブローを受け続ける思いだった。なにより学生の反応がわからないことが、状況をますます暗いものにさせる。

気がつくと学生相談室は、問題状況に対する学生自身の生の声と、その声を聞いて教育環境の改善に反映させたいという教員や当局の要望が、ともに寄せられる交差点となっていた。担当常任理事からはわれわれの活動に対する温かい励ましと共に、学生の抱える問題に関する情報の集約を発信するように求められるようになり、6月10日の段階で「教職員のみなさまへ:学生対応のための資料集」というweb素材を作成してホームページにアップし、さらに詳細な状況報告のまとめを各学部長を通じて教員に知らせていただいた。できるだけ具体的なケースに則した報告内容を、個人情報が守秘される形で表現したことは言うまでもない。

10月からはキャンパスも部分的に開かれ、少人数制や実験・実習系のクラスの対面授業が開始されたことから、学生相談室でも対面相談を限定的に始めた。そのためのガイドラインなども、週1回定期的に行うようになったweb会議と連日のメールのやり取りの中で慎重に作られていった。スタッフ間でかわされるメールの本数は、1日いったい何通になったのだろう。

オンライン環境のおかげで実現できた試みとして、Zoomを用いたグループアワー「オンラインおしゃべり会2020」というバーチャルな学生間の懇親会を7回行った。このイベントは、キャンパスや所属学部や学年を越え、住んでいる場所も越えて出会い、カウンセラーと軽くストレッチをして心身をほぐした後、皆がどのように過ごしているかを自由に語らう場となっている。初年度ということもあり、参加者は必ずしも多くはないが好評のようで、リピーターも出てきてわれわれも手ごたえを感じている。

先が見えない状況が2年目になると、学生の問題も教員の問題もより顕在化し固着化することが予想される。学生のメンタルヘルスは学生相談室だけで解決がつく問題ではない。塾の総力を上げて、この難局を乗り越えなければならない。(ここで紹介した学生相談室が配信するオンライン素材は、学生相談室ホームページhttps://www.students.keio.ac.jp/com/life/consult/counseling-room.htmlから閲覧できます)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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