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第8回 慶應義塾のオリンピアンたち/端艇部

2021/04/14

ロサンゼルス五輪ボート代表。南波(前列右端)、柴田(後列左端)、村山(同3人目)、河野(同5人目)、伴(同7人目)、高橋(後列右から5人目)、鈴木(同2人目)[福澤研究センター蔵、平沼泰三氏寄贈]
  • 横山 寛(よこやま ひろし)

    慶應義塾福澤研究センター研究嘱託

最多のオリンピアン輩出の伝統

慶應義塾体育会のなかで最も多くオリンピアンを輩出しているのは端艇部である。戦前から東京五輪前までのボート五輪代表は、競技の性質上最優秀選手を選抜して編成するのではなく、選考レースの優勝クルーが日本代表となることが多かった。それゆえ、義塾のクルーもそのまま日本代表として出場、多くの塾生がオリンピアンとなったのである。

端艇部は明治22(1889)年、慶應義塾端艇倶楽部として発足、体育会には創立時から参加している。創部後、端艇部員が最も力を入れる舞台はもっぱら明治25年に始まった水上運動会だった。これは芝浦、隅田川、多摩川、戸田と場所を移しながら毎年開催された端艇部主催の全塾的イベントで、普通部と商工学校の対抗レースが花形として名物となり、また経済学部、法学部、医学部、高等部の対抗レースも大いに盛り上がった。大正9(1920)年に日本漕艇協会が設立され、翌年これに加盟してからも、部員たちにとってインカレよりも各学部代表選手として水上運動会で優勝することこそが至上の目標であった。しかし一方で水上運動会後に各学部から選抜して編成されるクルーはインカレでなかなか良い成績を残すことができず、そこで昭和2(1927)年に水上運動会には参加せずインカレに専念する対校選手団が組まれ、端艇部は徐々に頭角を現すのだった。

昭和6年秋の神宮競漕会は翌年に迫ったロサンゼルス五輪舵手付フォア代表の予選を兼ねていた。このレースに義塾からは対校選手団の「三色旗クルー」に加え、「自尊会」と「ドラゴンクラブ」の3クルーがエントリーした。「自尊会」は商工学校OBと現役が中心のプライベートクルー、「ドラゴンクラブ」は普通部のボート同好会で、端艇部員ながらいずれも体育会とは別個の立場で参加していた。この大会で「自尊会」が躍進、準決勝では体育会の代表である「三色旗クルー」を破り、決勝で東大を下して関東を制覇、「北海製罐クルー」との全日本も制し、五輪第1候補の座を手に入れてしまったのである。そしてその後「自尊会」を再編強化し、「慶應」として代表決定戦を戦い、正式にロサンゼルス五輪代表のクルーとなった。代表メンバーは南波正吉(舵手)、高橋六郎(整調)、柴田梅太郎(3番)、伴紀雄(2番)、鈴木大吉(舳手)、村山又芳、河野四郎の7人で、高橋、伴、村山は「自尊会」、南波、河野は「ドラゴンクラブ」出身であった。義塾におけるボートのすそ野の広さが勝因の1つだったといえるかもしれない。

しかし五輪本番は甘くなかった。第1次予選はポーランド、アメリカと同組で3位、敗者復活戦でもニュージーランド、ドイツ、アメリカと競って4位に終わった。高橋は後半「全く自分の体がどうにも意志通り動けなくなってしまい国内レースではかって経験したことのない様な疲労感でピッチも思ふ様に上らずズルズルと唯差を大きくしてしまった」と回顧している。

端艇部が次に五輪へ出場するのは戦後、日本の夏季五輪復帰となるヘルシンキ大会である。端艇部はエイトで全日本選手権を初制覇した昭和9年以来の優勝を、ヘルシンキ五輪代表選考を兼ねた昭和26年の全日本エイトで飾る。しかし予算上の問題でエイトは派遣できず、舵手付フォアクルーを編成。監督・日下二郎以下、松尾浩介(舵手)、五藤隆二(整調)、神田和夫(3番)、武内利弥(2番)、小暮保(舳手)の5人が選ばれた。17カ国が参加したこの大会で、義塾のクルーは予選でチェコ、ノルウェー、オランダと争って4位、敗者復活戦ではイタリア、ニュージーランドと同組で3位で敗退した。日下は外国の優勢な点として体格差や熱心なウォーミングアップ、悪天候を意に介さない心構え、艇の性能などを指摘している。

再び世界の高い壁に跳ね返された端艇部にとって3度目のチャンスがよく知られたメルボルン五輪、初めてのエイト出場であった。監督・衣非宏以下、江田利児(舵手)、加藤順一(整調)、原正雄(7番)、武田泰彦(6番)、今村孝(5番)、比企能樹(4番)、須永定博(3番)、渡辺靖国(2番)、岩崎洋三(舳手)、佐々木亨が選ばれた。予選ではチェコスロバキア、フランスと同組で、2位で通過。アメリカ、オーストラリア、ソ連との準決勝は4位で敗退したものの、日本にとって初の準決勝進出だった。その後は選抜クルーを編成した東京大会で、石川元、菊池隆一、佐藤直司、万代治の4人が選ばれ、昭和59年ロサンゼルス五輪には堀内俊介がシングルスカルで出場している。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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