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第6回 慶應義塾のオリンピアンたち/ホッケー部

2021/01/19

ロスに向かう船上でのホッケー選手 前列左端が浜田、右から2人目が浅川。後列右から4人目が中村。(福澤研究センター蔵、平沼泰三氏寄贈)
  • 横山 寛(よこやま ひろし)

    慶應義塾福澤研究センター研究嘱託

日本ホッケーのルーツ校

1932年のロサンゼルス五輪ホッケーで日本が獲得した銀メダルは団体競技として初めてのメダルであった。これには代表選手として3人の塾生・塾員が直接貢献したが、長い目で見れば塾ホッケー部の存在そのものが大きく貢献した結果と言っても言い過ぎではないのである。

日本における各種の近代スポーツのうち塾をルーツとするものがしばしばあるが、ホッケーはその最たるものである。始まりは明治39(1906)年、三田山上で宣教師W・T・グレー(William Thomas Grey)が講演で紹介し、さらに自らスティックを取って塾生にプレー方法を教え、ホッケー倶楽部が発足した。翌年には横浜で外国人クラブYC&ACと初めての試合を行っている。しかし彼らの歩みはいばらの道だった。後発クラブのため綱町グラウンドを使う許可は得られず、石ころの多い空き地で練習せざるを得なかったうえ、なかなか体育会入りも認められなかったために自分たちですべての費用を賄わなければならなかった。対戦相手も日本人のチームは他に存在しないため、もっぱら横浜と神戸の外国人クラブか塾OBのチームであった。こうした状況が実に15年あまり続いたのである。

大正8(1919)年に体育会へ加入した塾ホッケー部は、自ら競技の普及へ動いた。すなわち大正11年に陸軍戸山学校へホッケーを紹介、同校にホッケー部が誕生する。翌年早稲田大学、明治大学などにもホッケー部が誕生し、大日本ホッケー協会の設立、第1回日本選手権の開催へと至った。そして普及の波は早慶定期戦の開始、大正14年の関東学生ホッケー連盟の設立及びリーグ戦の開幕へと続くのである。

こうして競技の基盤が整うことで競技力も向上し、1932年、いよいよロサンゼルス五輪へ代表チームを派遣することとなった。代表選手は13人が派遣され、塾からも浅川増幸(主将)、浜田駿吉、中村英一の3人が選出された。選考では種々の事情から選出できない有力選手もいたが、浅川(大正15年卒)も普段は会社員であり、反対を振り切って参加したという。選手たちは船上で調整のトレーニングをしつつ、約2週間かけてロサンゼルスへ到着した。

ロサンゼルス五輪は日本にとっては過去最大の選手団を派遣し、大きな成功を収めた大会であったが、一方で世界全体でみると前後の大会と比べて参加選手は半分程度であり、特にヨーロッパ勢は開催地が遠距離であるのを理由に不参加が多かった。結局ホッケーは前回大会の覇者インドと開催国アメリカ、そして日本の3チームしか出場せず、メダルは確定、焦点はその色であった。

日本の懸念はグラウンドで、普段土のグラウンドでプレーするのが常であった選手にとって、慣れない丈の長い芝でのプレーは大きなハンディキャップであった。迎えた本番、インドには前評判通りの力の差を見せつけられ1-11で敗れたが、アメリカを9-2で破り2位となったのである。出場3チームとはいえ、無人の領域を開拓し、その基盤を築いた塾ホッケー部の面々にとって、オリンピック出場、銀メダル獲得がどれほどの喜びを与えたかは想像に難くないだろう。

続くベルリン大会ではヨーロッパ勢が復帰、出場国が11カ国に増えた。塾からは上野安夫、伊藤通弘、柳武彦、そして2大会連続となる浜田駿吉が選ばれている。日本はこれまでヨーロッパのチームとは対戦した経験がなく、どの程度戦えるのかは未知数であった。予選リーグのA組に入った日本はアメリカに5-2、ハンガリーに3-1と連勝してインド戦を迎えた。ロサンゼルスの雪辱でもあったが、当時最強のインドには0-9と歯が立たずグループ敗退となりメダルには届かなかった。

柳は同大会を「どんな相手にも常に最大の力を出して戦うより外はなかった。相手によって作戦を変えようなどという余裕はさらになかった」と回顧している。上野もインドの実力に衝撃を受けつつも、その試合の分析をまとめて後輩を鼓舞した。それでも大会後上位チームと善戦したことで、5位相当の実力はあると目され、世界のトップに対してあと一歩のところまで来ていたが、戦争によって再挑戦の機会は失われてしまった。

戦後日本ホッケーの国際舞台への復帰は他競技と比べて遅れ、1960年のローマ五輪まで待たなければならなかった。塾ホッケー部からの出場もローマ(飯島健、岩橋邦雄)、1964年の東京(岩橋邦雄)が最後となっている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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