三田評論ONLINE

【その他】
【書評】『早慶戦全記録 伝統2大学の熱すぎる戦い』(堤哲編著)

2020/02/12

  • 對馬 好一(つしま よしかず)

    三田体育会副会長

とにかくすごい本だ。

現在、早稲田大学競技スポーツセンターには44部、慶應義塾体育会には43部が所属している。各部は大学を代表して学生の大会に出場し、対校戦を戦っている。この本ではそのうち、40種目の早慶戦の記録がほぼ網羅されており、学生スポーツ史の貴重な資料といえる。

早慶戦の起源は、明治36(1903)年11月21日、三田綱町グラウンドで開かれた野球早慶戦だと言われている。2週間余り前の同月5日付で、2年前の34年に創部したばかりの早大野球部が、25年の体育会創立以前からの歴史を持つ慶應義塾野球部に挑戦状を送りつけて実現した。

これに続き、レガッタ(端艇)、ラグビーなど、多くの競技で両校の対校戦が行われ、新聞や後のラジオ、テレビが大きく報道し、早慶両大学の学生、卒業生ばかりでなく、日本人の多くが熱狂した。このことが、野球をはじめとする学生スポーツが発展し、プロスポーツ、社会人スポーツ繁栄の基礎を作ったといえよう。

「はじめに」の中で著者は、「早慶戦の始まりは野球であり、オックスフォードとケンブリッジのボートレース、ハーバードとイェールのアメリカンフットボールとならんで、世界の3大カレッジ・ゲームと称されてもいた」と述べている。まさにその通りだ。早慶戦は「国民的スポーツ」、さらには「代表的な日本文化の1つ」と言っても過言ではない。

著者は昭和30年代後半に早稲田大学に在学し、学生が編集、発行するスポーツ紙『早稲田スポーツ』の第3代編集長を務めた。野球を中心に早大運動部の活動を細かく報道した。それだけに、本書は早稲田側から見た野球早慶戦の歴史が大半を占めているが、それは致し方ない。

両校各部の部員は「フレンドリー・ライバル」であり、「この相手だけには負けたくない」と切磋琢磨し、試合終了後、或いは大学を卒業して社会人になってからも、生涯の友として、共に社会を引っ張ってきた。

競技や時期により、技量が拮抗しているときもあれば、一方が1部リーグで他方が2部、3部など、レベルがかけ離れているときもある。しかし、早慶戦ではそういう戦績に関係なく、双方が全力で戦い、「下馬評の低いほうが勝つ」(第1章「時空を超えて」より)という面白さもある。

昨年(令和元年)秋の東京六大学野球で、他の4校に8戦全勝し早慶1回戦にも勝って優勝を決めた慶應に対し、早稲田は2回戦、3回戦で雪辱し、完全優勝を阻止した。一方、その約2週間後に行われた早慶柔道では、過去10勝57敗3分と劣勢だった慶應が6年ぶりに早稲田を降し、柔道の聖地、講道館で「丘の上」を歌った。さらにその翌日の剣道は、新装なった早稲田アリーナで6時間に及ぶ大熱戦の末、大将同士の戦いとなり、慶應が決着をつけた。

どの競技でも、早慶戦には一種独特の盛り上がりがあり、勝つ意志が強い方が勝つ心の戦いだといえる。全国大会や国際試合で実績がある名選手でも緊張し不覚を取ることがある、魔物がすむ大会が早慶戦だ。

元年度の試合結果の多くは編集締切時期の関係で収録されていないが、そうした過去の歴史を総括した本書は、両校運動部関係者にとってはバイブルとなりうるものであろう。

戦績だけでなく、数多の登場人物の年齢や卒業後の肩書など、貴重なデータが満載されている。この驚くべき著者本人の緻密な取材、分析に加え、紙面を彩る原稿を執筆した寄稿者や、データ入力や補足取材を手伝った『早稲田スポーツ』の後輩たち、資料提供に応じた両大学の事務局、各部先輩団体などの協力があって、散逸していた記録や記憶がまとまり、本書ができた。第7章「各運動部の早慶戦・記録編」は、何時間繰っていても見飽きることはない。

何千人、何万人が入れる競技場のスタンドを2校の対校戦で満員にできるのは早慶戦だ。その一方、競技によっては、どちらかのキャンパスの小さな練習場で地味に戦っている早慶戦もある。各部さまざまだが、それぞれのドラマが詰まっていて、忘れられない青春の1ページであり、日本のスポーツ史を刻んでいる。

慶應側から見れば、43部のうち、試合形式がない山岳と、平成28年に体育会に加盟したばかりの軟式野球、水上スキーはこの本に登場しない。相撲はリーグ戦などでは早稲田対慶應戦があるが、定期戦ではなく、本書では扱っていない。早慶戦を中断したスキーと、慶應の体育会に未加盟のソフトボールの試合記録は収録されている。その結果、「40種目」のドラマが構成された。

これだけのデータがあれば、記録の欠落、見解の相違、思い違いもある。僭越ながら、筆者が著者に、そういう点をいくつか質問したところ、「編著者として重く受け止めている」とのご返事を頂いた。この真摯な姿勢がこの一大事業の大きな力になったのだろうとつくづく感じた次第だ。

我々後輩は、この業績に上積みし、歴史を書き残す〝続編〟に取り組まなくてはならない。そうした重責を与えられたような気がしている。

『早慶戦全記録 伝統2大学の熱すぎる戦い』
堤哲編著
啓文社書房
256頁、1,800円(税抜)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事