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【Keio Report】図書館旧館改修工事の終了

2019/07/09

  • 渡辺 浩史(わたなべ こうじ)

    慶應義塾管財部工務担当主任

2019年5月末、図書館旧館改修工事が終了した。1年半の設計の後、2017年2月より2年4カ月にわたり工事を行い、予定通り工程を終えることができた(写真参照)。三田キャンパスを訪れる人にとっては、旧図書館を背景にした構図は最も重要な風景であったため、ようやく元の姿を披露できたのは喜ばしいことだ。最終的には、今回の工事の内容を報告書にまとめ、文化庁に提出したところで本事業は終了となる。

この改修工事は費用が約26億円(設計監理費含む)。そのうち文化庁・東京都より合わせて、10億8000万円の補助金を取得している。

今回の改修工事は、耐震性の問題の解消と、外装・内装など劣化している箇所を修繕し、新たな保存に向けての大工事となった。

改修工事のメインとなる、免震レトロフィット工事は、建物の形状を変えることなく、建物基礎の下に免震装置を取り付け、免震化する画期的な工法を採用している。

図書館旧館は、明治45年に建てられ、昭和2年に第2書庫、昭和36年に第3書庫が増築されている。そのため、建物が不思議な形状をしており、それぞれの構造も異なっているうえ、建物同士の接続や設備が複雑に入り組んでいる。今回、第3書庫を除く部分を免震化しており、第3書庫を切り離しながら、その隣で6mの深さまで掘り進んでいった。また、建物の一部図書館機能は維持し、利用されている中での工事となり、周囲に影響を及ぼさないために免震化の工事は非常に困難を伴うこととなった。

地下での工事が主体になるため、掘削に相当な時間を費やしている。建物を支えながら、地下6mまで掘り進めるのに、およそ9,000㎥(10tトラック1350台分)の土を運び出した。底部には、耐圧スラブと呼ばれる、厚さ1.8mのコンクリートが打ちこまれ、それと同時に、建物の基礎は、コンクリート、PC鋼でがっちりと固められた。その基礎と耐圧スラブの間が免震層となり、そこに免震装置を取り付けていく。建物の総重量16,000トンを54基の免震装置で支える。装置一基にかかる荷重は300~400トンになる。

2019年1月15日、16日に免震装置に建物負荷を切り替える作業を行った。荷重移行支柱をジャッキダウンして行う、いわゆる、乗せ替え作業である。荷重移行によって建物に異常な変形が起きないか、緊張の時である。2日かけて行われた荷重移行は無事予定通り終了し、変異(沈下量)はわずか2ミリ(許容値5ミリ)であった。ミリ単位の精度で行われたことは、そこに携わった人々の高い技術力の賜物である。地上の姿を見ていると分からないが、地下に下りると、かなり広く、大掛かりな工事であったと実感できる(写真)。

建物前面にあるドライエリアは明治期のレンガが残されており、保存することとなった。免震層との取り合いに設計上苦労し、ドライエリア裏側のレンガが露出し、少し奇妙な形になっている(写真)。

保存修理は、文化財取り扱いの作業主任者の監理の下、行われた。レンガ、板金、石、スレート、サッシ、ガラス、漆喰など、工手ごとの専門の職人の手により、施されている。

外構の一部植栽など工事前より変更している箇所はあるが、建物の外観は元の姿を維持することができた。レンガや石を貼り替え、保全し、最後に全体的に洗浄を施し、かなり黒ずみが取れてきれいな状態になっているのだが、以前と比べてどう変わったかは、なかなか分かりづらいであろう。

玄関口の上にペンマークのレリーフがある。当初は花崗岩でできていたものだが、戦災により破壊され、戦後、補修されたものだった。ペンマークの左下が欠けていたものの、状態がよければ、そのまま残しておこうと考えていたが、軽くコンッと叩いたら、そのままポロッと取れてしまった。そのペンマークをどう修理するかには、半年を費やしている。明治期の写真を拡大し、図を起こし、形状は当時のものに近い状態にして、擬石で復元した(写真)。

第1書庫5階の屋根裏の鉄骨は、戦災により、ぐにゃりと曲がった状態になっている(写真)。当初補強することを考えていたが、結局何もしないこととした。この部屋はもともと書庫として利用していたが、何も置かないことにし、天井を取り払い、戦争の遺構を伝えるものとして、見学できるようにした。建物が被った苦難の歴史を伝えるものとして、一見の価値はあるだろう。

補修作業において、全体的に問題は多々あったが、八角塔は特に状態が酷かった。もともと雨漏りがあり、東日本大震災の時も、レンガが剥がれ落ちている。戦後、補修された外壁の石は状態が悪く、今にも落下しそうであった。今回、根本的に補修ができたことは、建物の維持管理においても、重要なことであった。

調査によって、当初予定していた保存修理より、かなり補修範囲が増えることとなったが、ありがたいことに、予定通りの工程を進めることができた。

今回の工事に当たっては、過去の文献・図面・写真が大いに役立っている。特に明治期の工事中の写真が残されていたのは大いに参考になり、工事にも生かされている。

大学キャンパスは時代と共に姿を変えていくが、何年経っても、そこに変わらない風景があることも大切なことだ。図書館旧館は、文化遺産として、次の時代に受け継がれていき、慶應義塾の歩みを見守っていくことだろう。

今後図書館旧館は、慶應義塾の歴史を紹介する展示室として整備される予定である。これまで、閉鎖的な状態だったが、展示室に整備することによって、多くの人が入場しやすい環境になるだろう。

最後に、重要文化財を取り扱うのは、現場ではかなり心労の伴う作業であったが、今回工事に関わっていただいた、㈱三菱地所設計、㈱文化財保存計画協会、戸田建設㈱、また、ご指導いただいた、文化庁、東京都、港区に感謝したい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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