【新 慶應義塾豆百科】
「ダッシュKEIO」誕生60年──歌い継がれるスピリット
2026/01/30
慶應義塾の応援歌として広く知られる「ダッシュKEIO」は、1966年の誕生以来、半世紀以上にわたり、選手だけでなく塾生や塾員の心を奮い立たせてきた。本年60年の節目を迎えるこの曲は、慶應義塾の応援文化を象徴する存在であると同時に、その軽快なリズムと力強いフレーズによって、アマチュアスポーツの現場で「勝利を呼ぶ歌」として定着している。
その誕生の背景には、当時應援指導部に所属していた宮元寿雄君の情熱がある。応援歌を募集するにあたり、前年に早稲田大学で生まれた「コンバットマーチ」に負けない曲をつくってほしいと、宮元君は塾生で友人の夏目清史君に作曲を依頼した。夏目君の回想によれば、応募締切日にわずか1〜2時間で曲を仕上げたという。應援指導部による審査を経て採用に至り、今日では神宮球場の応援席で歌われないことがないほど親しまれるメロディーとなった。
「ダッシュKEIO」が初めて使用された1966年春の明治大学戦は1対1の引き分けだったが、この新しい応援曲は苦しいシーズンの中で確かな風をもたらした。同年秋には、塾員で作詞家の松本好生(白石鉄馬)氏が「早稲田を倒せ」を力強く連呼する歌詞を付け、早慶戦で披露される。秋のリーグ戦では東大・明治から勝ち点を挙げ、早慶戦初戦は3対3の引き分け。勝利こそ逃したものの、要所で流れを呼び込み、不思議と「縁起の良い曲」として存在感を高めていった。
「ダッシュKEIO」は慶應義塾の枠にとどまらず、全国の高校野球等の舞台でも重要な役割を果たしてきた。特に甲子園では、早稲田大学の「コンバットマーチ」と並び、多くの高校が自校の応援曲として採用するほど広く親しまれている。そのテンポの良さと雰囲気を一変させる高揚感は、世代や地域を超えて愛される普遍性を持ち、慶應発の応援文化が全国に広まっていった証しでもある。
普遍性を持ちながらも、「ダッシュKEIO」は進化を続けている。1980年代初頭には「突撃のテーマ」が誕生し、「コールKEIO」を挟んでメドレー形式で歌うスタイルが確立した。複数の応援歌・応援曲を組み合わせる「チャンスパターン」はやがて東京六大学各校の定番となり、近年では高校でも同様のスタイルが取り入れられつつある。平成、令和と時代を経るごとに新たな曲が加わり、応援の形は常に進化してきた。その中核にあるのが、今も変わらず「ダッシュKEIO」である。
誕生から60年。「ダッシュKEIO」は今なお力強く神宮球場のスタンドに響き渡り、慶應義塾の不滅のスピリットを未来へとつないでいる。これからも慶應スポーツの象徴として、そして全国の応援席を盛り上げる名曲として、世代を超えて歌い継がれていくだろう。(編集部)
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