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【新 慶應義塾豆百科】
浦和共立キャンパス

2023/01/31

浦和共立キャンパス・薬用植物園

慶應義塾の知られざる施設のひとつ、浦和共立キャンパス。旧共立薬科大学の施設であり、2008年の合併によって現在の名称となった。

JR大宮駅からバスで30分、埼玉スタジアム2002から3km程、試合の歓声が風に乗ってくるような場所にある。普段は施設管理の職員が数名いるきりで、薬用植物園の見学に一般の方が訪れる程度の静かな施設である。

共立薬科大学時代の学校史や広報を紐解いてみると、本施設は1966(昭和41)年6月に設置された。当時の共立薬科大学はその立地から、狭小な校地を近隣に拡大することが難しく、学生への教育上の目的はもちろん、戦後の新制大学への昇格や入学定員数設定の要件を満たす上でも、校地や施設の不足が度々問題となったそうで、校地や施設の拡充は大学としての悲願だったという。

そこで郊外に施設を求め、1933年に大田区雪谷へ分教場を設置、36年に小金井市へ移転したのち、66年にさいたま市緑区(旧浦和市)へ移転し現在に至る。75年には鉄骨造の校舎が竣工し、76年から2005年までは授業が行われた。最盛期には週に3日(1年生が週2日、2年生が週1日)学生が通学していた。遠方の学生は宿泊室に前泊し、学友と自炊を楽しんだという。

2008年の合併により、何かの要件に本施設が影響することはなくなり、学生のための活用という本来の目的のみが残った。要件という意味では、薬用植物園は薬学部をもつ大学に必要な附属施設として大学設置基準にも記載があるが、この紹介は別の機会としたい。

現在の本施設は、体育館、テニスコート三面(すべてクレー)、グラウンド、講義室三室、薬用植物園があるほか、最大44名程度が宿泊できる宿泊室を備えており、主に薬学部学生の部活動やゼミなどの課外活動の場として使用されている(日帰り無料/一泊一人500円。芝共立学生課にて受付け、現在はCOVID ‒19対策で日帰り利用のみ)。

このほか薬学部一年生の懇親運動会「浦和祭」や、薬用植物園を利用した植物観察の授業などがあるものの、芝共立キャンパスからの距離が遠いこと、薬学部生のカリキュラムが忙しいこともあり、平日は殆ど学生の利用は無く、些か寂しい思いがある。

施設は古いが、随所に昭和の懐かしい雰囲気を感じることが出来、今日の若者にはかえって新鮮かもしれない。授業の施設としては遠いものの、仲間と和気藹々と過ごせるのどかな合宿所として見ればそう遠くはなく、恰好の場所になり得るのではないだろうか。本施設が学生のために活用されることを願っている。

(芝共立管財課(薬用植物園・浦和共立キャンパス担当)大用 和宏)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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