【執筆ノート】
『やっと言えた』
2026/03/31
深い心の傷から、人は回復できるのか? それはどうやって?
本書は、私自身が3年以上にわたって受けているカウンセリングの体験を基にしたノンフィクションだ。
ASD(自閉スペクトラム症)、小児期の白血病体験、思春期の摂食障害など生きることに困難さを抱えていた私は、40代半ばでカウンセリングの扉を叩いた。
カウンセラーは心の悩みを取り除いてくれる人で、カウンセリングとは癒やされるものだという私の想像とは裏腹に、それは平坦でも、きれいな物語でもなく、時に進んでいるのか後退しているのかわからない泥沼を這うような道のりだった。
それでも何とかカウンセリングを続けていた3年目のある日、私は過去の最大のトラウマとなっていた小児期の私を襲ったある事件の記憶を取り戻す。
カウンセリングを扱った本をこれまで何冊も読んできた。多くは治療者側の視点で書かれたもので、それは私から見るとまとまっていて安全できれいな回復の物語に見えた。
『やっと言えた』では、時に命懸けで、希望など見えないように感じた回復の日々をそのまま記録したいと思った。
トラウマを抱えた人は、その傷を抱えながらも何とか生き延びるために、一見不可解な行動を取ることがある。それを外から見た人は、障害や病気のラベリングをしてしまう。だが、その表層の症状に見える行動の根本には、トラウマによる支配という1点がある。
人によって深く傷ついた人を回復させるのは、薬の力では限界があると思う。人で傷ついた人は、人によって回復する必要がある。
私の回復の道のりをさらけ出し、渦中の混乱も含めて描いたのは、かつての私と同じように苦しんでいる人、そしてその人を支える人の力になればという強い思いがあった。
どれほどつらい体験があったとしても、私たちはそれを抱えながら生きていく力があると信じている。
『やっと言えた』は、1人の物語であるが、人と人が共に生きるという普遍的なテーマを持っている。さまざまな立場の人に、広く手に取っていただきたい。
『やっと言えた』
齋藤 美衣
医学書院
200頁、2,200円〈税込〉
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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齋藤 美衣(さいとう みえ)
作家、歌人・塾員