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【執筆ノート】
『日独冷戦秘史──東独機密文書が語る歴史の真実』

2026/02/12

  • 赤川 省吾(あかがわ しょうご)

    ジャーナリスト、大学教員・塾員

世界は一変した。ロシアと中国が覇権主義を唱え、米国が国際秩序を壊す。リベラルデモクラシー(自由民主主義)が守勢に回る。

では日本は戦後、ずっと平和だったのか。冷戦期も平穏だったのか。真実を知らないだけでないのか。

私は以前から共産ブロックの中核を担った東独に注目していた。ソ連の衛星国家だった東独の対日政策を知れば、極東における共産圏全体の動きがわかると考えた。

しかも冷戦期の日独関係は西独ばかりに焦点があたり、「東欧の優等生」だった東独との接点は解明されていない。どこか腑に落ちない。大きな秘密があると推測した。

歴史の空白を徹底調査で解き明かすことにした。ファクトを地道に掘り起こし、歴史のピースを埋める根気がいる作業だ。それでも私が取り組まなければ真実が永遠に伏せられたまま消えかねない。幼少期から日独を行き来した身として、生涯をかけて向き合う責務があると感じた。

やるなら、とことんまで突き詰めるのが私の性分だ。本業である日本経済新聞記者の傍ら、ベルリン自由大学の政治学研究所に籍を置いた。東独の独裁政党や秘密警察が作成した機密文書を開示請求などで手に入れ、10年あまりかけて80万ページを読み込んだ。東独の党幹部らの連絡先を割り出し、延べ数百回にわたって聞き取り調査した。

重い口を開いた東独指導層の証言や、機密指定だった文書を組み合わせると、驚くべき実態がわかった。東独はソ連と組んで日本の政財界に人脈を広げ、プロパガンダや偽情報をまき散らしていた。国家ぐるみの産業スパイにも手を染めていた。

戦後日本を代表する多くの政治家や財界人が「協力者」として文書に載る。それは背後にいるソ連、そしてワルシャワ条約機構に手を貸したことを意味する。日本は目先の経済利益を優先し、西側の安全保障体制に穴をあけていた。

いまも強権国家は世界に偽情報をばらまき、選挙に介入し、経済制裁を避けようと密輸を探る。後退する民主主義陣営がどうすべきか。過去の教訓は、毅然と対峙しなければならないことを教える。歴史を闇に葬るわけにはいかない。

『日独冷戦秘史──東独機密文書が語る歴史の真実』
赤川 省吾
慶應義塾大学出版会
452頁、3,520円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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