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【執筆ノート】
『罪と罰の古代史──神の裁きと法の支配』

2026/01/08

  • 長谷山 彰(はせやま あきら)

    北海道国立大学機構理事長、慶應義塾学事顧問

ドストエフスキーの名作『罪と罰』の主人公である若き学生ラスコーリニコフは金貸しの老婆を殺害して金を奪ったが、世のため役立てるなら犯罪ではない。英雄ナポレオンは戦争で多くの人間を死なせたが、彼を犯罪者と呼ぶものはあるまいと嘯(うそぶ)く。ラスコーリニコフの場合は当たらないが、宗教的、政治的信念にもとづく犯罪を刑法学では確信犯と呼んで区別する。安楽死を犯罪とするかどうかも国によって異なる。古代中国では父の仇への復讐を義務とする儒教の礼と殺人を犯罪とする国家法の関係が問題とされた。洋の東西、時代によって犯罪と刑罰の類型は様々である。

日本古代法の特色は律令法と律令以前の固有法の重層性にある。俗法と神法の混淆といってもよい。「目には目を、歯には歯を」で有名なハンムラビ法典の序文には、ハンムラビ王が国土に正義を示すために神々から召し出されたと記す。祭政一致の古代社会で王法は神の権威を借りる必要があった。これに対して、秦漢以降の中国律令法は儒教や法家の合理的思想を理論的支柱としており、神の権威に頼らずとも機能し得た。

ところが、日本では農耕儀礼の妨害など神の嫌う行為が犯罪とされ、罪と罰の区分が曖昧である。中国律では「死刑」「流刑」とする刑罰を日本律では「死罪」「流罪」と表記し、江戸時代まで続く。平安朝には「天津罪・国津罪」による穢れを祓う大祓が年中行事となり、祓は律の刑罰と併用された。熱湯による火傷の程度で有罪無罪を判定する古代の神判 (盟神探湯(くがたち))は中世の湯起請として甦り、近世初頭まで続いた。親殺しを重罪とする律令法の尊属殺重罰規 定は明治以降の刑法にまで引き継がれ、昭和48年の最高裁判決で法の下の平等を定める憲法14条違反とされたが、刑法から削除されたのは平成7年に至ってからである。

本書執筆のきっかけは2023年の春、吉川弘文館編集部から日本古代の刑罰がどのようなもので、現代とどこが違って、どこが同じなのかをわかりやすく書いてほしいという依頼を頂いたことにある。筆者の力量を越える課題だが、できる限り工夫した。詳しくは本書をお読み頂ければ幸いである。

『罪と罰の古代史──神の裁きと法の支配』
長谷山 彰
吉川弘文館
240頁、1,980円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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