【執筆ノート】
『サウジの憂鬱──パレスチナとアメリカの狭間で』
2025/12/09
1985年生まれの私は、アメリカが歴史上最も強力だった時に中学・高校の多感な時期を過ごした。冷戦も終結し、日本の経済的な奇跡もバブル崩壊によって終わり、まさにアメリカが軍事・経済大国として比類のない地位を築いていた。中国の本格的な台頭も見られる前であり、コソボ介入、アフガニスタン戦争、イラク戦争など、国際情勢といえばアメリカの「力による外交」であった。
こうした圧倒的なアメリカ優位の世界の中で、その覇権に果敢にも挑戦する勢力に興味を持った。たとえば9・11事件を起こしたテロ組織アルカーイダは、もちろんその行為は決して正当化できないが、彼らの運動の背景に何らかの反米感情があったのではないかと思った。それがどれくらいアラブ・イスラーム世界で共有されたものなのかを理解したいと思い、アラブ・イスラーム世界に関する本を読み漁った。
一方で、国際社会は主権国家の集合体であることから、国際政治をまずは学ばなければならないという意識も早くから有していた。それを理解していなければ、いくら問題を研究しても、その現実的な解決を考えることは難しいと考えたからである。それが大学で国際関係論を学べる学類に進学し、大学院で政治学を学べる研究科に進学した理由であった。
大学院では、国際政治の矛盾が最も凝縮していると感じたパレスチナ問題を研究したいと考えたが、クウェートで1年間アラビア語を学習したことをきっかけに、研究の焦点をパレスチナ問題そのものから、それに対するクウェートの対応に移した。その後、湾岸諸国でより影響力のあるサウジアラビアに研究の焦点を移し、同国への留学も経て、本書のもとになる博士論文が完成した。
サウジアラビアはアラブ世界の雄であり、この国の動向が他のアラブ諸国に与える影響は大きい。また安全保障面ではアメリカとの関係が深く、この点は日本とも重なる部分がある。この国がアラブ・イスラームといったアイデンティティ的な要素と、安全保障・経済といった物質的な要素の間でどのように揺れ動いてきたかを本書は跡づけており、それは他国を対象にした外交政策の研究にもきっと示唆を与えてくれると思う。
『サウジの憂鬱──パレスチナとアメリカの狭間で』
近藤 重人
慶應義塾大学出版会
232頁、2,640円〈税込〉
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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近藤 重人(こんどう しげと)
(一財)日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員・塾員