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【執筆ノート】
『成長至上主義のチームデザイン──成長こそが慶應の野球』

2025/11/26

  • 森林 貴彦(もりばやし たかひこ)

    慶應義塾高等学校野球部監督・幼稚舎教諭

2023年夏の甲子園で慶應義塾高校は107年ぶりの優勝を果たし、「Enjoy Baseball」という言葉は広く知られることとなりました。しかし、その真意は十分に理解されていないと感じています。プレー中の笑顔や髪の長さだけがクローズアップされ、「勝敗を気にせず楽しんでいる」とコメントされることも多々ありました。私は「よりレベルの高い野球を楽しもう」と理解しています。チーム目標は「KEIO日本一」であり勝負に執着しています。

ただし、勝利至上主義とは一線を画し、スポーツマンシップを身につけ、存分に発揮したうえでの、正々堂々の勝利を目指します。重圧や緊張も感じていますが、それ以上に大舞台で素晴らしい相手と試合できる喜びや感謝の気持ちが上回るからこそ「いい顔」でプレーできると信じています。鍛えるべきは心技体であり、そこに髪の長さは影響しないと考えています。チーム一丸となって追求すべきものは全員で追求し、個人の裁量に委ねるべきところは個人に委ねると明確にしています。

さて、スポーツの価値とは何か。試合で勝利を掴むこと、新記録を達成すること。それも大事ですが、結果としての「勝ち」や「達成」が大事なのではなく、それを真剣に追求するからこそ、その過程で得られるものが「価値」なのです。それはスポーツマンシップであり、折れない心であり、インテグリティーであり、主体性なのです。それら全てを含む言葉が「人間的成長」です。育成年代を預かるスポーツ指導者にとって最優先すべきは目の前の選手たちの「成長」である。そんな思いを「成長至上主義のチームデザイン」という書名に込めました。

スポーツに取り組むことで得られる価値を、スポーツに関わる人間はもっと発信していくべきです。スポーツの価値は何か、という問いに正面から答えることができなければ、今後スポーツの存在意義は小さくなってしまうでしょう。スポーツには大きな魅力があり、大きな価値があるのです。スポーツを通じて人は成長できます。人生は豊かになります。社会も豊かになります。そのために私にもできることがあります。これからも力を尽くしていきます。

『成長至上主義のチームデザイン─成長こそが慶應の野球』
森林 貴彦
東洋館出版社
262頁、1,980円(税込)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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