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【執筆ノート】
『資本主義にとって倫理とは何か』(ジョセフ・ヒース著)

2025/11/17

  • 庭田 よう子(訳)(にわた ようこ)

    翻訳家・塾員

本書『資本主義にとって倫理とは何か』は、Ethics for Capitalists: A Systematic Approach to Business Ethics, Competition, and Market Failure の邦訳です。著者は、カナダの哲学者でトロント大学教授のジョセフ・ヒース。ヒースの著書のうち、『資本主義が嫌いな人のための経済学』、『ルールに従う』(いずれもNTT出版)、『反逆の神話[新版]』(アンドルー・ポターとの共著)、『啓蒙思想2.0[新版]』(いずれも早川書房)が、すでに日本で翻訳出版されています。本書の翻訳は、慶應義塾大学出版会の編集者、永田透氏からご依頼をいただきました。

著者のヒースは、ビジネス倫理の従来のアプローチとは異なる、ビジネス倫理の構想(いわゆる「市場の失敗アプローチ」)を提示していることで知られています。この「市場の失敗アプローチ」を体系的に紹介しているのが本書です。

日常の道徳性を市場経済に適用する従来のアプローチでは、ビジネス倫理が対処しようとしている具体的な問題(資本主義経済における経済主体の行為を導く道徳原理についての問題)に答えることができない、とヒースは言います。

「市場の失敗アプローチ」では、たとえ合法であっても、経済主体は市場の機能を損なうようなやり方で市場の欠陥を利用すべきではない、とされます。市場や企業という制度について、そしてその文脈で経済主体の果たすべき道徳的責任やふるまいについて、経済学、倫理学、政治哲学の観点から、著者の主張が丁寧に展開されています。また、特筆すべきは、資本主義や利潤の追求について、ヒースが頭ごなしに否定していない点です。

本書はヒースの著書のなかでは学術書よりですが、倫理学や経済学の徒だけではなく、経営者やビジネスパーソンにとっても、興味深く、役立つものと思われます。

前掲した『ルールに従う』を翻訳され、本書の解説者も書かれている中央大学の瀧澤弘和教授には、訳出に際して的確なご指摘とご助言をいただき、感謝の念に堪えません。私はヒースの著作を翻訳するのは初めてでしたが、訳者としても大変勉強になる、刺激の多い1冊でした。

『資本主義にとって倫理とは何か』(ジョセフ・ヒース著)
庭田 よう子(訳)
慶應義塾大学出版会
304頁、3,520円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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