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【執筆ノート】
『韓国の若者と徴兵制』

2025/10/14

  • 金 柄徹(きむ びょんちょる)

    慶應義塾大学文学部教授

私が大学に通っていた1980年代の韓国では、日本に対する反感が強く、日本文化について学ぶ機会はほとんどなかった。高校までの授業でも、戦後の日本経済の目覚ましい発展を紹介する部分はあったが、豊臣秀吉の朝鮮侵略や日本の植民地統治などの「負の歴史」が大きな比重を占め、自分と同世代の若者が、どのような日常を送っているのかについてあまり知る機会がなかった。それゆえ、少年時代をテレビアニメの『鉄腕アトム』『鉄人28号』『マジンガーZ』などに熱狂しながら育った私にとって、大学生になって、それらが日本のものだと初めて知った時の衝撃は大きいものだった。

韓国の男性には兵役の義務があり、私も大学3年次に入隊し、米朝首脳会談で話題となった板門店で2年半の軍隊生活を送った。復学後、気晴らしに立ち寄ったマンガ喫茶で大変面白いマンガに出会った。それは『ドラゴンボール』。ストーリーの新鮮な魅力に引き付けられ、続きを読むため2回目に訪れた時、突然押し入った警察に読んでいたものを押収された。説明を求めると、当時の韓国では日本の大衆文化が禁止されていたので、それが理由であると知らされた。現在のようにネットが普及していなかったこともあり、残りの内容がどうしても気になった私は、結局日本への留学を決めた。

韓国と異なる日本の風景の1つが街の中に兵士がいないことである。韓国では、大学のキャンパス内で休暇中の兵士に出会うことも不思議ではないほど、あらゆる場所で兵士を見かける。日本で市民向けの講演会を行う機会があり、徴兵制の話題になると、韓国の男子は礼儀正しくて頼もしいと褒められることが多い。そして、それは徴兵制があるからで、日本の男子も鍛えさせるためには徴兵制がほしいという意見も出る。褒められるのは嬉しいが、わざわざ徴兵制を導入する必要はないと個人的には思う。日本は平和ボケしているとよく言われるが、徴兵制がある国よりは平和ボケのほうが羨ましい。徴兵制は戦争を前提にしているものだからである。しかしながら、日本における平和の価値を理解できないのであれば、とてももったいないことである。

『韓国の若者と徴兵制』
金 柄徹
慶應義塾大学教養研究センター
136頁、770円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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