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【執筆ノート】
『2030-2040年 医療の真実──下町病院長だから見える医療の末路』

2025/10/10

  • 熊谷 賴佳(くまがい よりよし)

    京浜病院院長・塾員

「先生の話は面白い」。異業種交流会でかけられたその一言からこの本は生まれました。医療関係者が自らの立場を擁護する本はたくさんあります。厚生労働省もたくさんの資料を出しています。しかし医療を受ける立場の目線に立って語られた本を目にすることは少ないと思います。

1章では、私が経験した認知症患者から見えてくる高齢社会がどんなものかを話します。町に認知症の人があふれかえる日常を想像してください。2章では、救急車が搬送先を見つけられない、高齢者や認知症の受け入れが拒否される、首都圏の医療すら麻痺する未来について述べます。医療現場が抱える数々の課題を挙げ、このままでは明るい未来が描けない若者たちは海外に流出してしまうことを危惧します。3章では少子高齢社会のみならず、医療費削減政策の結果、人手不足と採算割れが起き、近代化が必要な時に建て替えもIT化もできない八方ふさがり状態について、自分の病院を例に述べます。4章では、町から八百屋・魚屋が消えたように、古い町工場が消えたように、地域の中小民間病院も消えていく理由を法制度や政策から述べます。

さらには利用者たる国民の側にも原因があることを指摘します。つまり「医療は安ければいいのか?」コメ不足問題が生じたのと同様に患者も賢くならなければいけません。国民皆保険の成功の付けが回り、制度疲労を起こしている今こそ抜本的な解決策を模索しなければなりません。

5章では海外の医療状況を紹介し、その長所短所について解説します。アメリカ型自由主義市場経済型医療も、北欧英国型高度社会福祉型医療も、どちらも行き詰まっています。日本はどこを目指せばいいのでしょう? 6章では悲惨な未来から救うための処方箋を提示します。地域格差と人手不足を解消するには、徹底的にITを利用して業務効率化を図る必要があります。それには抜本的な法整備改革、規模の拡大、ビジネスセンスの導入が必要です。

もはや中小民間病院の自助努力だけではどうにもなりません。事態がいかに深刻であるか、国民の皆様にわかってもらいたいとペンを執りました。

『2030-2040年 医療の真実──下町病院長だから見える医療の末路』
熊谷 賴佳
中公新書ラクレ
248頁、1,155円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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