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【執筆ノート】
『演劇と民主主義──演劇学と政治学のインタラクティブ』

2025/09/12

  • 平田 栄一朗(共編)(ひらた えいいちろう)

    慶應義塾大学文学部教授

民主主義と演劇の関係はどういうものだろうか。そう問われたら、私たちは「パフォーマンス政治」や「劇場型政治」などに示される関連以外はすぐに思いつかないだろうし、その問いにいったい何の意味があるのかと反論すらしたくなるかもしれない。

しかし実際には民主主義と演劇は密接に関連し合っており、その関連はプラトンやルソーの論に代表されるように、古代から近現代に至るまで欧米の哲学や政治論において議論されている。また最近の研究では、演劇性の様々な特徴を考察対象にして、多様な現代社会に見合う平等思想、政治を判断する市民の審美眼の向上、市民のより積極的な政治関与などが目指されている。

国内外の政治学者と演劇学者の論考から成る本書は、この歴史的かつアクチュアルな議論を踏まえて両者の関連を各論者の専門領域に寄せて演劇-民主主義論を展開する。

政治学の立場からは、熟議民主主義論と演劇性との関連や、アクターとしての民主的政治家、構築主義的代表論やプレビシット民主主義論に読み取れる演劇的な特徴などが論じられる。

演劇学の立場からは、演劇人が国政選挙に演劇的形式を持ち込んだドイツの事例を踏まえて、演劇と政治の境界線はどこにあるのか、人権や民主主義のモチーフがダンス作品においてどのように表現されるのか、「ポスト移民演劇」と呼ばれるヨーロッパの新しい演劇潮流は民主主義と移民社会をどのように関連づけて示しているのかなどが論じられる。

民主主義の本は近年、その危機を反映するかのようにして次々と出版されている。そのなかで本書は地味な論考集にみえるかもしれない。しかし政治学者と演劇学者が定期的に議論を交わし、その成果を本にした事例は世界的にも見当たらず、本書が初めての試みと言える。民主主義が危機にあると言われるからこそ、政治や社会といった「現実」を注視するだけでなく、その傍に見え隠れする可能性の世界にも目を向けて、そこから民主主義や政治を考え直すことは意外な発想をもたらすのではないか。本書がその発想を促す一助となればと願っている。

『演劇と民主主義──演劇学と政治学のインタラクティブ』
平田 栄一朗(共編)
三元社
280頁、3,740円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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