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【執筆ノート】
『ルペンと極右ポピュリズムの時代──〈ヤヌス〉の二つの顔』

2025/06/12

  • 渡邉 啓貴(わたなべ ひろたか)

    帝京大学法学部教授、東京外国語大学名誉教授・塾員

筆者は1980年代半ばからフランスのほとんどの主要な国政レベルの選挙・国民投票を現場でウォッチし、論考を書き続けてきた。今回の出版はその中で極右に関する叙述を中心に再編成し、背景となる極右思想や活動組織などを改めて調べなおし、1冊にまとめたものだ。

実は筆者のルペン勢力拡大への関心は1978年に初めて渡仏した経験を出発点としていた。

パリのチュイルリー公園で数十人程度の聴衆を前に大声で外国人排斥を唱えていたジャン=マリ・ルペンの姿は筆者に強烈な印象を与えた。その周辺を囲んでいるのは戦闘服を着た威圧的な眼差しの青年たちだ。カメラを構えたが、5分もしないうちに無意識に会場の出口まで後ずさりしている自分に気が付いた時には唖然とした。怖かったのだ。日本人の自分は彼らの言うヨーロッパ人でもフランス人でもなく、文字通り「外国人」であり、そこに長期で住めば「移民」であるからだ。移民問題は他人事ではない。それは筆者なりの「世界の中の日本」の発見の第一歩であった。そしていわば多文化共生黎明期のそんなフランスで、極右「国民戦線」のような時代錯誤の集団がよもや勢力を伸ばすことはないという確信だった。それが今や現実だ。

この勢力が排外主義を標榜する極右であることに間違いはない。しかしこれは単なる右翼・極右ではない。フランス政治史の中で時折見られる時流の中で短期的に浮き沈みを繰り返す、アウトサイダーの野合集団にとどまってはいない。いや、この政党は設立当初よりそうした歴史的右翼の失敗の歴史を十分に意識して、議会政党の道を模索し続けてきた。偶然に大統領選挙決選投票に残るようになったわけではない。この政党の歴史を語ることは、誤解を恐れずに言うならば、1つの「サクセス・ストーリー」なのだ。しかしそれは受け入れざるべきものだ。

確かに欧州極右勢力が拡大している要因の1つは、脱悪魔化と称して、共和派・民主派の体裁を装っている点にある。しかしその実態は差別意識を基礎にした人間本性の闇の部分なのだ。副題にひとつの身体がふたつの顔を持つローマ神話の「〈ヤヌス〉の二つの顔」と記した理由だ。

『ルペンと極右ポピュリズムの時代──〈ヤヌス〉の二つの顔』
渡邉 啓貴
白水社
330頁、2,750円〈税込〉

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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