【執筆ノート】
『ザ・バンド 来たるべきロック』
2025/02/10
私は1984年に文学部の仏文科を卒業し、出版社に勤めた。編集の仕事をしている間は、心理的機制なのか、何かを書きたいとは思わなかったが、編集の仕事を離れた途端、「何か」を書きたくなった。
しかし、二葉亭四迷ではないが、「書きたいこと」がないのであった。仕方なく友人に相談したところ、「君が好きなザ・バンドのことを書いたら」とアドバイスをもらい、私はザ・バンド論を書くことにした。
ザ・バンドは、いわゆるアメリカン・ロックのバンドで、1968年から1978年まで活動した。一般にはボブ・ディランのバックバンドとして知られ、解散コンサートはマーティン・スコセッシ監督によって『ラスト・ワルツ』という映画になった。私は高校1年生の時にザ・バンドの『南十字星』というアルバムを聴いて、その音楽の魅力に取り憑かれ、45年以上、ほぼ毎日、ザ・バンドの音楽を聴いて来た。
だが、私は別に「ロック」が好きなわけではなく、この10年ぐらいコンサートはクラシックと現代音楽しか行っていない。アンサンブル・アンテルコンタンポランが好みで、好きな指揮者はマレク・ヤノフスキ、好きなオーケストラはドレスデン国立歌劇場管弦楽団である。
ザ・バンドというのは不思議なバンドで、いわゆるロックが好きな人にはあまり好まれないバンドである。つい最近もビートルズが好きだという人に私の本を勧めたところ、「ザ・バンドは刺さらないんですよ、わるいけど」と言われてしまった。
しかし、ひとたびその魅力に取り憑かれると、間違いなくその人は生涯ザ・バンドを聴き続けることになるのである。
2023年のキリル・ペトレンコ指揮のベルリン・フィルの来日公演は、すばらしい演奏だった。とりわけベルクの「オーケストラのための3つの小品 Op.6」には感銘を受けた。だが、自宅に帰って私が聴いたのは、その日もザ・バンドの『南十字星』なのであった。私は、確かにベルリン・フィルはすごいけれど、やっぱりザ・バンドにはかなわないなと再認識して眠りについた。
その理由を知りたければ、ぜひ本書をお読みください。
『ザ・バンド来たるべきロック』
池上 晴之
左右社
280頁、1,980円〈税込〉
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
池上 晴之(いけがみ はるゆき)
批評家・塾員