【執筆ノート】
『慶應高校野球部──「まかせる力」が人を育てる』
2024/12/17
新大阪駅を出発して東京駅に向かう新幹線の車中。22泊23日の甲子園取材という大仕事を終え、本来なら充実感で満たされているはずの私の心には、後悔しかなかった。
2023年8月24日。夏の甲子園で歓喜の「塾歌」が鳴り響いてから一夜明けての出来事だ。センバツ大会から春季神奈川県大会、関東大会、夏の神奈川大会、夏の甲子園と塾高を取材し続けた私のもとには、ワイドショーからいくつもの出演依頼が寄せられた。気づいたら「エンジョイ・ベースボール」は社会現象と化していた。アマ野球記者の私が読売テレビ「ミヤネ屋」にスタジオ生出演する日が来るとは、誰が想像できただろうか。
「ミヤネ屋」では一般層に対してわかりやすく、塾高野球部の特徴を解説した。サラサラヘアの選手たち。日焼け止めバッチリの「美白王子」。タテ社会が色濃く残る高校野球で、監督を「さん付け」で呼ぶ独特のカルチャー。母校愛にあふれた卒業生による熱烈な応援……。
「凄くわかりやすかったです」
テレビマンは笑顔でそう言って、新大阪駅に向かうタクシーに乗った私を見送ってくれた。
新幹線の車窓から風景を見つめ、考えた。塾高の野球はそんなに「わかりやすい」ものなのだろうか。いや、きっと違う。もっと深く、強さの本質に迫りたい。甲子園に行けなかった代にも様々なドラマがあったはずだ。話を聞きに行きたい。
森林監督、赤松部長、上田前監督ら指導者の方々や学生コーチ、現役部員にOB、好敵手である仙台育英の須江監督ら、取材対象は21人に及んだ。スタイリッシュなチームカラーの裏側には、青春の熱情と試行錯誤、悪戦苦闘の日々があった。インタビューは計33時間。取材を進めるほど塾高野球部の虜になり、応援歌「烈火」をBGMにしながら、2カ月で一気に書き上げた。
真の愉しさは、しんどさの先にしか存在しないと「エンジョイ・ベースボール」から学んだ。一言一句に魂を込めた「エンジョイ・ライティング」の成果を、堪能頂ければ幸いだ。読めば慶應の野球が10倍好きになる。私はこの1冊を書くために、スポーツ記者になった。
『慶應高校野球部─「まかせる力」が人を育てる』
加藤 弘士
新潮新書
240頁、902円(税込)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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加藤 弘士(かとう ひろし)
スポーツ報知編集委員・塾員